Devil's Own

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今日的な「ロミオとジュリエット」の形―山下敦弘「くりいむレモン」

 昨日の充実ぶりに比して今日は極めてだらしなく、昼3時くらいまでごろごろしていた。
 カテ教があるので、のろのろと生徒のテスト問題を解き、ブースを覗いてみてから、向かう途中に生徒から電話が入り「今日具合悪くて無理っス、来週に2週間分やってください。」と言われる。「あとアンネの日記忘れないでね。」と念を押される。そういえば、貸す約束してたんだった。忘れていた。
 そんなことは置いておいて、「くりいむレモン」。

 自分と自分の妹に置き換えて考えると吐き気を催すほどの不快感があるが、虚構としての兄妹間の近親相姦という設定自体はポルノとしてとても魅力的なモチーフだと思う。「家族」という閉塞された共同体が持つ密室的なムードも勿論だが、そして何より家族の構成員(主に両親)という第三者の視線が介在していることが、より禁忌的な緊迫感を生みエロさを助長する。そう考えると、別に本当の近親相姦である必要はなくて、幼馴染であってもクラスメイトであっても「エロさ」自体は成立しうる。
 とは言っても、山下淳弘の「くりいむレモン」自体はそういったエロさとはかなり遠い位置にある。この作品では両親という他の家族構成員は、二人の恋愛にとっての障害として描かれており、ポルノを盛り上げるツールとしては用いられない。例えば両親の出張中に生まれた二人の肉体関係が、両親が帰宅後も秘密裏に行われている様子が描かれたとするなら、物語における「両親」の存在は近親相姦の禁忌性を強調し、それによってポルノグラフィティとしての効果を持つのかもしれないが、実際物語中では二人の関係は両親の帰宅と同時に発覚してしまい、それが彼らの逃避行の原因となる。「くりいむレモンレーベル」と呼ばれる後続の作品群のキャッチフレーズは「禁断の愛にフォーカスしたエロス」だが、この作品自体はそういったポルノグラフィティックな性描写のテクニックは皆無といってよく*1原作であるアダルトアニメの設定とタイトルだけを借用することで、山下監督が描きだしたのは、決して結ばれることがない盲目的な二人の若者の焦燥、絶望、そして死のフィーリング。それはまさに現代版「ロミオとジュリエット」だと言えるだろう。
 「ロミオとジュリエット」という連想自体は恐らく制作者サイドも意識的なのではないかと思うほど、作品の随所にそのイメージを垣間見ることが出来る。物語で二人の死が描かれることはないが、兄ヒロシと営業会社員の何気ない会話や、地獄と極楽の講釈など物語終盤では死のイメージを示唆又は暗示するようなシーンが随所に登場する。更にラストは、二人分のソフトクリームを買って来たヒロシが亜美がトイレから戻っていないのを知って、突発的に海の方へ走り去っていき、トイレから戻った亜美がひとりで兄を待つという含みを残す形で終わっている。監督自身も触れていたがこのラストカットが絶妙だ。
 シェイクスピアの悲劇としてあまりに有名な「ロミオとジュリエット」だが、個人的印象からしても一般的認識からしても他のシェイクスピア悲劇(まぁ四大悲劇ですね)のドラマツルギーとは異質で、「リア王」や「マクベス」のような主人公の内面的傲慢さ(=ヒュビス)はロミオとジュリエットにはないし、従って終盤におけるカタルシスも少ない。むしろ不条理で非道徳的なストーリーでそういう意味では他の四大悲劇よりも「悲劇的」だとも言えるのだが、その辺の異質さ「ロミオとジュリエット」が他の四大悲劇と差別化され少し低い位置付けをされている所以のひとつであるようにも思う。それでも「ロミオとジュリエット」が悲恋の代名詞として僕らを惹きつけてやまないのには理由がある。それは多分あらゆる文学や音楽や映画で今もって恋のことばかりが描かれ続け、僕らも飽きもせずそれにいちいち感心せずにはおれないのと同じような理由であるのかもしれない。程度の差はあっても誰かを愛するということは少なからず障害や痛みを伴う行為であって、にも関わらず恋愛に対して盲目的な信仰をもっている人間の姿はやはり感動的であるし魅力的なのだ。しかしながら、今日的な自由恋愛社会で「ロミオとジュリエット」のような運命に逆らうほど情熱的で愚かな男女の恋愛を描くことは難しい。だったら兄妹という設定にしてしまえばいい、それだけの発想なのかもしれない。いずれにしてもこの物語で描かれる、亜美とヒロシの悲壮感はロミオとジュリエットのそれと少しも変わらないし、彼らの恋愛への純粋な信仰心が姦通や近親相姦の禁忌性によって曇らされることはない。はてなの、くりいむレモンのDVDのキーワードリンクでの、増當竜也とか言う人がレヴューで「セクシャル青春ストーリー」というわけの解らん表現を用いているが、なんだそれは。

*1:別にだからといってポルノ的な描き方が劣っているという議論ではない。僕自身は先述した兄妹間の近親相姦というモチーフが持つエグさとエロさをしっかり描いた作品も観てみたいとは思う。