Devil's Own

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Let me take you down 'cause I'm going to−「名前をつけてやる」

名前をつけてやる

名前をつけてやる

 ポップグループとしてのスピッツの最高傑作は「ハヤブサ」、ギターロックバンドとしてのスピッツの最高傑作は「惑星のかけら」、でも僕が最も愛するアルバムは「ハチミツ」といった具合にスピッツについて語るのは結構難しい。はっきりしているのは僕はスピッツが大好きだということくらいだが、そんなことも9歳のときからわかっていたのに22歳になってようやく言えるようになった事実だ。
 長いスピッツのキャリアでは「ブレイク前夜」にすら到達していない時期の作品でもある「名前をつけてやる」は、一聴すると地味な印象を与えるセカンドアルバム。天才詩人草野マサムネのナンセンスな言葉遊びが既に冴え渡っている本作で謳われるのは、平坦で殺伐とした日常*1からのエクソダスだ。気だるく眩しい冬の朝を思わせるアコギの音色に乗せて「逃げ出そう」と誘い出す「ウサギのバイク」で始まり、やはり「行かなくちゃ」と出発を宣言する「魔女旅に出る」で幕を閉じる。「ハイウェイ」でも「僕らが旅に出る理由」でも「ルージュの伝言」でも「犬と猫」でもなんでもいいけど、フーが「ババ・オライリー」を歌ったときから人は現実から自分たちを連れ出してくれる音楽が大好きなのだ。小学生の頃の僕にとってスピッツの音楽はファンタジーであり、当時夢中になって読んだ児童文学、「宝島」や「オズの魔法使い」の類となんら変わりないものだったと思う。草野マサムネはいつもとはちょっとだけ違った世界へと誘ってくれるハーメルンの笛吹き男であり、彼らの紡ぎだす音楽は、いつでもどこでも簡単に夢の世界へ遊ぶことが出来た僕らのサウンドトラックだったのだ。リアルなもの、煩わしいものは何ひとつないストロベリー・フィールドで笛吹き男が僕らに言った「名前をつけてやる」。声変わりして、彼らのうたが歌えなくなったと同時に、僕はそんなユートピアへの切符を失ってしまったのだろうか。夢の世界の住人草野マサムネは、初めて出会ったときとちっとも変わらない少年性を垂れ流しながら今も歌ってるというのに。
 あーあ、ま、いいや寝よう。

*1:90年代的な日常。同時代性を持った言葉を持ち出すなら「終りなき日常」cf.宮台真司