Devil's Own

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『グラン・トリノ』


 『グラン・トリノ』、初日に行ったんですが隣に座っていたおばさんが超咳き込んでいて案の定伝染されてしまいました。そのせいで今日予定していたアルジェントは来週に持ち越すことに。うえーん。
 さて、『グラン・トリノ』。もう2回見たが、やはり最後にはおいおい泣いてしまった。とにかくファンサービスがすごくて、過去作を見ていればそれだけ味わい深い作りになっている。特に濃厚なのは『センチメンタル・アドヴェンチャー』で、この映画はほとんど『センチメンタル・アドヴェンチャー』のリメイクといってもいいかもしれない。前回、棺桶の上に載せられた自動車のキーが、今回はちゃんと引き継がれるあたりもう・・・。だけれど、それは二回目以降の楽しみ方であって、初見ではもちろんそんなこと考えなくてもいい。いろいろな『グラン・トリノ』評を読んでいると、過去のイーストウッド映画のタイトル群を得意げに披瀝しているだけの人がたまにいて、首をかしげることがある。もちろん効果的な参照として挙げている人がほとんどだが、過去作のことは知らなくても笑えるし泣ける映画だということが重要なのだ。そこだけは言っておきたい。
 というのも、僕らの世代にとってイーストウッドの映画にはある種の「敷居の高さ」があって、20代と30代ではイーストウッドに対する認識に断絶があるのではないか、とおもう。たとえば、『ペイルライダー』が撮られた年に僕が生まれた、といえばわかりやすいかもしれない。僕が映画を見るようになったときに、イーストウッドは既に巨匠だったから、襟を正し背筋を伸ばして見なくてはならないような近寄り難さみたいなものがあった。今もそんなふうに感じている若い人は多いのではないか。基本的に僕はネタバレ全開の、他人に優しくない感想を書いていますが、今回はそうした人たちの背中を押したいと思います。何でもいいから『グラン・トリノ』見に行っとけ!
 確かに、『グラン・トリノ』は、物凄い映画ではあるけれど、いたずらにハードルを上げる必要はない。実際この映画は、かなりの部分でコメディ映画たりえていて、レイシストの偏屈爺ウォルト・コワルスキーのキャラクターがとにかく可愛らしい。気に入らないことがあると、犬のように「がるるるるー」と唸るところとかソー・キュート!!!映画は、そんな偏狭な老人ウォルトと隣に越してきたモン族の一家の交流を軽妙な語り口で描いており、異文化交流ならではの可笑しみに溢れていている。そんなハートウォームな調子だからこそ、ラストでウォルトがとった行動は胸掻き毟るほど切なくて痛ましいのだ。一方で、これまでのイーストウッドを追っている人は当然、名無しのガンマンやハリー・キャラハンに始まり、脈々と連なってきたテーマの帰結としてこの結末を受け止めるわけで、だから見る人によって違った感慨がある。
 なるほど、この映画はイーストウッドの集大成であり、アメリカ映画の集大成であるかもしれない。ただ、これは決して終わりではない。『グラン・トリノ』は、終わらせるのではなく、引き継ぐことについての映画ではないだろうか。その象徴として登場しているのがタイトルに冠したグラン・トリノだろう。ある時期まで、自動車はアメリカ映画の中心にいて、富であり、女であり、怒りであり、暴力であり、要するにアメリカの栄光と罪悪そのものだったと思う。今日、『カーズ』や『デス・プルーフ』など、一部の例外を除けば、映画において自動車はその役割を終えており、『グラン・トリノ』でもやはり完全にリタイアしてしまっている。あとはウォルトとともに、静かな余生を送るだけに見える。しかし、タオに引き継がれることでグラン・トリノは蘇生する。少年が引き継いだものは、もちろんグラン・トリノだけではなくて、目に見えないいろいろなものを引き継いでいる。タオの顔と首についた傷跡は、これまでイーストウッドが引き受けてきた傷かもしれない。タオを閉じ込めた鉄格子は、『荒野の用心棒』でガンマンが身につけていた鉄板かもしれない。自動車のキーは『センチメンタル・アドヴェンチャー』で少年が投げ捨てたものかもしれない。必要なものは全部置いていく。これで終わらせるなんて傲慢なことをイーストウッドは決して言わない。『グラン・トリノ』が感動的なのは、タオと同じように僕たちもイーストウッドにたくさんのものをもらっているからだ。どんな相手だろうと嫌な奴、許せない奴には立ち向かう。その後姿に、僕らは何度も呼びかける。We All Love You。
 最後に、私的イーストウッドベスト5でも書いておこうとおもう。これは、昔マコンド犬さんがやっていたものですが、『グラン・トリノ』は外せないと思うんですが、みなさんもせっかくなのでやってみてね!
1.『ペイルライダー』
2.『ガントレット
3.『ブロンコ・ビリー』
4.『恐怖のメロディ
5.『ブラッド・ワーク
 まぁ基本的にイーストウッドとソンドラ・ロックの組み合わせが無条件で好きだったので、『ダーティハリー4』なんかも捨て難い。『ブラッド・ワーク』は、ぶっちゃけ『ダークナイト』級の映画だとおもうのだがどうでしょう。あとは『愛のそよ風』、『白い肌の異常な夜』(監督:ドン・シーゲル)のDVDがようやくリリースされることも書いておく。