Devil's Own

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『スター・トレック』


 評判どおりの傑作だった。いつしか「輝かしい未来」を描きづらくなったSF映画*1の文脈を鮮やかに更新したといえるだろう。だいたい宇宙も未来も、いつからそんなに暗鬱なものになってしまったのだろうか。僕自身、ニヒリスティックな未来観を『ウルトラセブン』によって刷り込まれた人間だが、子どもの頃に触れたSFドラマが『スター・トレック』だったら、もう少しポジティヴな人間になっていたかもしれない。何にせよアメリカ人くらいは底抜けに明るい未来を描いて欲しいものだ。『スター・トレック』自体はとても重厚なテーマも含んだ作品ではあるが、やはりその根底にあるのはある種の楽天性である。異国人同士はもちろん異星人同士すら親しく協定を結び、どんな人間も*2同じ宇宙艦隊のクルーとして働いている『スター・トレック』の世界は、現代の感覚からするとかなり楽観的に見えるかもしれないが、性格も出自も異なるクルーたちが宇宙船に乗りながら未知の世界を切り拓いていく姿に熱くならずにいられない。そもそもの物語が西部開拓史に着想を得ているだけに、この映画にはいい意味でも悪い意味でもアメリカらしいオプティミズムがそこかしこに息づいている。
 互いに反目しあいながらも、困難を通じて次第に信頼を置くになっていくジェームズ・T・カーク(クリス・パイン)とスポック(ザッカリー・クイント)の関係性は、友情や義理というよりもスポーツマンシップのそれに近くなんともアメリカ映画的だ。クリス・パインが演じるジェームズ・T・カークの繊細で無鉄砲なキャラクターもジェームズ・ディーンを髣髴とさせ興味深い。バイクに跨ったカークが、宇宙艦隊の船を見上げるショットはあまりにちぐで少し笑えるが、修学旅行前夜のような子どもっぽい熱狂を思い出させてくれる。
 悪役の中心人物であるロミュラン人ネロ(エリック・バナ)は、カークとスポックの両者にとって「親の仇」ではあるが、ネロを倒す場面での二人には「復讐」という行為が引きずる後ろめたさや虚無感が希薄だ。物語を追っていればネロはネロなりの倫理に則って行動していることが理解できるが、最後には悪役として完膚なきまでに叩きのめされる。こうした筋書きを、「善悪二元論に偏ったアメリカの独善だ!」と批判するのは野暮というものだろう。アメリカ映画に対するこうした紋切り型の批判は、『グラン・トリノ*3を前にして無効化してしまっているのだから。やっぱハリウッド大作映画最高!といわざるをえない、J・J・エイブラムスの横綱相撲に脱帽する。お馴染みのナレーションと共に「Theme From Star Trek」がかかるエンドクレジットにわくわくがとまらない。スクリーンで見るべき作品だとおもうし、僕ももう一度見たい。というよりこのメンバーでの続編製作を待望する。

*1:ピクサーですら『ウォーリー』で未来をディストピアとして表象していた。

*2:新スタートレック』にはアンドロイドすらいる!!データさいこう!!

*3:最近何かにつけて『グラン・トリノ』を引き合いに出してしまうのだが。