Devil's Own

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『男と女の不都合な真実』


 敏腕テレビプロデューサー・アビー(キャサリン・ハイグル)とお下劣なユーモアセンスで人気を博している自称恋愛カウンセラー・マイク(ジェラルド・バトラー)が織り成すラヴコメ映画。徹頭徹尾どこを切ってもふつうのラヴコメである。コメディでも艶笑劇でもなく、そのスノビッシュさとハイプ感に敬意を表して、ラヴコメと称しておこう。当たり前のラヴコメが当たり前のように進んでいく安定感が、とても大切なもののように思える。インテリは死すべし!大衆が統べてだ!とアジテートするつもりはない。映画も観客もジャンル分けが進みすぎたせいで、そのうち人々は映画について話すとき、ごく限られた人とごく限られた映画の話しかしなくなるのではないか。だとしたら、そんなにつまらない話はない。僕だって、「『20世紀少年』見た?」と振ってくる人たちよりも、「今月WOWOWのフィルムノワール特集熱くね?」と振ってくる人たちとの方が話も弾むし、居心地がいいとはおもうが、それとは別にこういった「ふつう」の映画がもっともっと沢山あってもいいのではないか。
 僕はテレビが嫌いであるし、敏腕テレビプロデューサーなんて人種はいち早く絶滅してほしいとおもっているので、この映画にはちょっとだけ感情移入しづらい部分もあったが、パーフェクトな男とのパーフェクトな恋愛を夢見る主人公が欲望に目覚めていくストーリーには好感が持てる。草食系、肉食系という呼び方にもいい加減頭にきている。恋愛やセックスを勝負事かなにかのように語る気味悪さ。女性から誘うことが悪いことであるかのような卑屈な男女観。そんな感覚でいるかぎり、日本でこういう奔放なラブコメがつくられることはないだろう。男子はAV見て、女子はanan読んで、規則だらけの単調なセックスをせいぜい楽しめばいい。
 この映画が痛快なのは、恋愛のマニュアル化をある程度まで肯定しながらも、最終的には欲望の勝利を描いているところだ。加えて恋愛映画としては極めて模範的なつくりになっている。隣に引っ越してきた(!)、イケメンで親切な青年医師(!!)の心を射止めるため、自称恋愛カウンセラーのマイクの指南を受けるアビー。男心をくすぐるさまざまなメソッドを身に付けるうちに、見事恋愛を成就させるアビーだが、同時に自分の欲望にも目覚めていく*1。そのうち、あれほど渇望していたパーフェクトな恋愛がむしろ不自由で退屈なものに思えてきて…。とまぁ、真面目な女子であればアビーのビッチぶりを「まぁ、なんて破廉恥なのかしら!!」と非難するかもしれないが、いいのだよこれで。劇中、マイクとアビーの情欲がダンスによって高まっていき、エレベーターの中でついにキスしてしまういう一連の展開はなかなかスリリングであるし、恋愛の本質をついているのではないか。今でもみなさんは告白したり告白されたりと面倒な手続きを踏んでから恋人になったりしているんですかね。正直言うと僕はそんなふうに恋愛を始めた経験はなくて、まあたいていキスとかセックスとかが先立ってるんですが。
シングルマザーの妹と暮らしているというジェラルド・バトラーの役柄をさらに描きこめばかなりの傑作になっていたのではないだろうか。それにしても、このような万人受けする映画でも劇場がガラ空きという状態はそれこそ「不都合な真実」であるとおもうので、多少の欠点には目をつむり、ぜひとも推しておきたい一作。

余白 
せりふの端々から飛び出す下ネタが魅力のひとつだが、日本語に訳す苦労がうかがわれた。「blowとjobを続けて言わないで」という場面が、「フェラとチオを続けて言わないで」と訳されていて、いやいやフェラだけでアウトじゃん!みたいな。

*1:リモコンバイブのくだりはくだらなくて最高