Devil's Own

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『マイケル・ジャクソン THIS IS IT』


 アーティスト死後に取り繕ったような追悼企画が行われるのは実はあまり好きではない。マイケル・ジャクソンに関してはことさら複雑な思いだった。しかし「あなたが音楽やダンスの魔法を信じるなら、敢えて混雑する日を狙って満員の映画館に駆けつけてほしい。」というid:maplecat-eveさんのコメント*1にぐっときてしまい、久々に新宿バルト9に足を運んだのだ*2。結論から言えばこの映画は全霊長類必見の傑作だ。もはやこれを映画といってしまっていいのかわからない。教科書の上の存在になってしまった過去の偉人でもない、メディアがでっち上げた「栄光と転落」の物語の主人公でもない、チャーミングで誠実で全身に才気が迸る表現者としてのマイケルがここにいる。次々と映し出されるステージ演出のアイディアには驚嘆するほかない。CGで再現した1000万人以上のダンサーを背景に映し出す「ゼイ・ドント・ケア・アバウト・アス」。往年のフィルムノワール世界へ飛び込み、リタ・ヘイワースハンフリー・ボガードらと堂々と渡り合う「スムース・クリミナル」。おなじみのゾンビが縦横無尽に駆け巡り、幽霊が空を飛び交う「スリラー」。巨大な蜘蛛の中から飛び出してこようだとか、脱ぎ捨てたジャケットを燃え上がらせようだとか、曲の最後にブルドーザーが迫ってくるといった発想はいったいどこから生まれてくるのか。こうした数々の仕掛けは、一見荒唐無稽で子どもじみているが、単純な思いつきだけで実現しうるものではないのだ。気の遠くなるようなの労力と知性を振り絞り、少しずつ洗練されていく過程を、カメラは余さずとらえている。さらに驚くのはスタッフの能力を熟知したうえで、ひとつのヴィジョンに向かって的確な指示を投げかけるマイケルのリーダーシップである。その姿はなかば狂人の域ですらあるが、彼の狂気はつねに、観客を驚かせ、エンターテインさせたいというイノセントな欲望に根ざしていた。
 それにしてもどこまでもまぼろしと理想の中を生きた人だったのだと痛感する。オーディションに勝ち抜き、マイケルと踊れる喜びに声を詰まらせるバックダンサーたち、「ブラック・オア・ホワイト」のフレーズを少女のように嬉々として奏でる女性ギタリスト、初めて人前で歌った「マン・イン・ザ・ミラー」をマイケルとデュエットできる素晴らしさを語るバックシンガー。近くにいた彼らにとっても、マイケルはあくまでも特別な光に包まれた存在だったことがわかる。マイケルの死は、ひとりの偉大なアーティストの死ではなく、大きな理想と夢の終焉だったのだろうか。だが、感傷的な読み解きはやめにしよう。彼は月に遊びに行ったのだろう。映画の最後に現れる「I Love You」というマイケルのメッセージを、僕らはこれから飽きることなく何度だって繰り返そうじゃないか。かっこよくてやさしいマイケル。また会う日まで。This Is It!!