Devil's Own

cinema, music, book, trash and so on...

『インセプション』(クリストファー・ノーラン)


小さいころ「ノンマルトの使者」や「ベロクロンの復讐」に触れた者にとって、『ダークナイト』などまだまだ手ぬるいわ、というのが私の意見である。といいつつ、犯罪活劇としての『ダークナイト』に抗いがたい魅力があるのも事実。血肉湧き踊る銀行強盗のシーケンス、病院のド派手な爆発と倒壊、なまめかしい夜の街で展開するカーチェイスなどはやはり何度見ても楽しい。こうした場面でにわかに片鱗を見せ始めていたノワール作家としてのノーランの資質が、『インセプション』でもうまく作用していると感じた。主人公のコブ(レオナルド・ディカプリオ)は他人の夢(つまりは潜在意識)に侵入し、重要な情報を盗み出す夢泥棒を生業としている。彼は過去にある犯罪歴を抱えているのだが、それを抹消することを条件に、実業家であるサイトウ(渡辺謙)がある仕事をもちかける。それは記憶の持ち出しより難易度の高いインセプション(アイデアの刷り込み)であった。コブは、より深い潜在意識にまで侵入し、アイデアを定着させるため、さまざまな能力を持つプロフェッショナルを集結させ、仕事に挑む。錯時的な構成も多いノーラン作品としてはシンプルで古典的なアウトラインといえるのではないか。街が紙のように折り返されたり、列車がいきなり道路を爆走してきたり、ホテルの廊下が無重力になったりと、基本的にはスペクタクル性を優先しており、それが単なる映像技術のデモンストレーションではなくアナログかつ視覚的な運動の快楽として見せてくれるのもよかった。物語のもうひとつの機軸として、コブの深層心理に出現する亡妻(マリオン・コティアール)の存在があり、このあたりはいかにもノーラン的な主題と言えそうだ。亡妻はコブにとって克服すべき過去であり、忌むべき自己像でもある。これはこれで面白かったけど、なにしろノーランは女性の撮り方がうまくはないので、こうしたファムファタルの主題がうまく効いてこず、勿体なかったような気もする。余白を残すラストには好感。エンドロールでタイトルクレジットが3度も現れるのには意味があるのだろうか…。