Devil's Own

cinema, music, book, trash and so on...

『ヒックとドラゴン』(クリス・サンダーズ、ディーン・デュボア)

"How To Train Your Dragon"(2010)

 まったく関係のない話から始めると、山田詠美の小説に「ぼくは勉強ができない」というのがあるよね。あれには本当にいらいらした。何、その言ってやったぜ感は!高校生が「ぼくは勉強ができない」なんて言っても全然リスキーじゃない。スクールヒエラルキーにおいて真の敗北宣言とはつまり「ぼくはスポーツができない」である。勉強が出来ないからってなんのことはない。友達にも馬鹿にされないし、彼女もできる。でもスポーツが出来ないは、まずい。ださすぎる。少なくとも私の学校ではそうだった。あの頃はインターネットもなかったからそんなコンプレックスも共有してもらえなかったし、スポーツ以外でクールになる方法なんて考えつかなかった。私が、大学に入ってもっとも驚いたことといえば、スポーツ嫌いを宣言したとしてもそれなりに許容され、あまつさえその感覚は共有すらされて、女の子とも仲良くなれるということである。まぁ、これは私の歪んだ性格のせいもあったとおもうが。ついでにもうひとつ関係のない話を。私が時折神に感謝したくなる事実がある。それは、私の両親が私と同じように本の虫であり、想像力の奴隷であるという点である。もし、私の父親が超アクティブなアウトドア派で、中学から大学までフットボールチームに所属していたんだよ、という男だったらと想像するだけで私は戦慄する。私はそんな父親の期待にはとてもじゃないけど応えることはできない。
 ドリームワークスアニメの新作が、かつてないほどウェルメイドかつ直球の児童映画となっていることにまず驚いた。ドラゴンと心を通わせる少年の成長譚のなかに、共生の道や父子の確執といったじつにアメリカ映画的なテーマが、綿密かつ平易な語り口で編みこまれている。一方開放感溢れるドラゴンの飛翔や終盤で演じられる大バトルシーケンスなど、血肉沸き踊るカタルシスもきっちりと描かれている。数種類登場するドラゴンのデザインはどれもかっこよくて男の子心をくすぐる。思えば『モンスターVSエイリアン』も、シナリオの粗さは目立つものの怪獣映画としての計算されたルックには妙に感心した覚えがある。ヒックとドラゴンはふたり揃わなくては空を飛ぶことが出来ないという設定も上手いが、単純な主従関係から、文字通り互いの欠損を補完しあう関係になっていくという結末には本当に唸らされた。なかでも私がもっとも感動したのは、マチズモが推奨される究極の男性社会において、内気でロマンチックな少年ヒックが自力でアイデンティティを獲得し、世界(特に父親)との関わり方を見つけ出していくというモチーフである。私は、冒頭に書いたようなことをつねづね考えているような人間なのでヒックの辛さがよくわかるし、大いに感情移入できた。中盤で演じられるヒックと父親のちぐはぐで気まずいやりとりは、多くの男性にとって身につまされる場面ではないだろうか。とかく男にとって父親は厄介である。父親の期待に応えたいと願う一方、前時代的な哲学への猜疑心が頭をもたげだす。ふたつの自己に引き裂かれるヒックの苦悩は、そのまま世界との関係をめぐる悩みでもあり、私たちにとっても身近で普遍的な悩みである。ヒックが父親によって求められる自己ではなく、真の自己を見つけ出し父親と向き合おうとする姿には素直に涙が出た。いつまでもアンチ・ディズニーではいられない。ドリームワークスがドリームワークスとしての王道を極めた傑作だ。