Devil's Own

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『ようこそ、アムステルダム国立美術館へ』(ウケ・ホーヘンダイク)


 アムステルダム国立美術館の改修工事を追ったドキュメンタリー映画。世界有数の所蔵数を誇る美術館に、大規模な改築計画が持ち上がる。一流の建築家による洗練されたデザインが提示され、世界に誇れる新美術館オープンに向けて色めき立つ関係者たち。しかし、改築によって自転車用通路が閉鎖されることに反発したサイクリスト協会のクレームを端として、さまざまな問題が頻発。議論は泥沼化し、美術館側は工事そのものの中断を余儀なくされる。延期を重ねるオープン予定日。当初の熱意はどこへやら、関係者たちはしだいに士気を殺がれ、憔悴していく。撮影当初、監督のウケ・ホーヘンダイクもこのような状況を予想しえなかっただろう。当初はシナリオ通りに撮影することに固執していたホーケンダイクも、途中で諦めてしまったという。これはドキュメンタリー作家として正しい判断だった。二転三転する美術館騒動の顛末はオランダの国民性を期せずして浮き彫りにしたのだ。長期化する議論が、平凡で最大公約数的な結論へと収斂し、優れて専門的が感性がつぶされていく。この騒動でもっとも損な(映画的にはおいしい)役回りを演じさせられたのは新美術館のデザインを担当した建築家たちだろう。繰り返し修正を求められ疲弊しきった建築家は「これは民主主義の悪用だ」と嘯く。
 特筆すべきはこの映画の登場人物が、顔つきや性格もふくめてすぐれて映画的だという点だ。熱血漢で少しばかり高圧的なジョシュ・ブローリン似の館長、若く野心溢れる二枚目の学芸員、見るからに童貞臭いアジア美術担当部長など、どの人物もそれぞれに魅力があり、これらの愛すべき登場人物が状況に振り回されている展開はさながらポリティカルコメディの様相を呈している。美術館、行政機関、地区委員会、市民団体のそれぞれの思惑が交錯し、具体的な解決案も見出せないままカネと時間だけが浪費されていく。解体されたきり、廃墟のようになってしまった美術館は、空洞化してしまったプロジェクトの状況そのものを示唆しているようでもある。政治的な悲喜劇をよそに、ただ純粋に美に従事する者たちの悦びもここでは描かれる。ようやく日本から届いた金剛力士像を、職員たちが開封し、瞳を輝かせ昂揚する場面。建物のひび割れや汚れまでもあまさず把握している警備員が、「美術館は俺の嫁なんだ」(いや本当にこんなこと言ってるんですよ)とか呟きながら愛おしそうに廃墟を歩く場面。絵画についた垢を修復家たちが荒い息遣いで磨いていくようすがやたらエロティックに描かれる場面。彼らが仕事に打ち込む様子は、ほとんど官能的とすらいえる熱量を帯びて見るものを圧倒する。一こま一こまをまさに絵画的な構図で切り取っていく手つきも見事。もう東京では上映日数少なくなってますが、必見ですよ。