Devil's Own

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『ナイト&デイ』(ジェームズ・マンゴールド)


傑作ぞろいのマンゴールドのキャリア中では一見最もライトな印象を受ける。トム・クルーズキャメロン・ディアスでなかったら日本では公開すらされなかったのではないか…。永久機関テクノロジーをめぐるCIAエージェントと武器商人たちの争奪戦。その中で演じられるさわやかなロマンスとテンポの良いコメディ。『トゥルー・ライズ』や『バード・オン・ワイヤー』などをおもわせる(どちらも90年代の作品だけど)、80年代〜90年代前半の映画群へのストレートな憧憬に戸惑わないわけではない。が、この手の映画にはどうしても点が甘くなってしまうのだな。空港で偶然ぶつかって知り合いになるロイ(トム・クルーズ)とジューン(キャメロン・ディアス)。飛行機の中で、ロマンチックな、あまりにロマンチックな会話をして、テンションが上がったジューンは化粧室で「ここで掴まえなくちゃやばいわよ」みたいなことを呟きながら念入りにメイク直し。その隙に、ロイは襲いくる乗客たち(全員敵だったわけだが)を次々とやっつける。こうしたドラマの推進力に抗うことはなかなか難しい。いつの間にか失われてしまったのか、それとも単に日本に輸入されていないだけなのかわからないが、この手の映画を見ていて強烈なノスタルジーがおそってくることは確かだ。あられもない80年代へのオマージュがこの映画の魅力になっているし、当時と同じように単純明快なデートムービーとして消費するのもいいだろう。しかし『ナイト&デイ』には、80年代的な価値観や美意識への限界が見えている。半永久的なエネルギー供給を可能にする乾電池はコンセプト自体がいかにも80年代的だが、そのあまりに呆気ない末路はあくまで今日的な感覚によるものだろう。それだけではない。もともとクローズアップを多用しがちなジェームズ・マンゴールドのカメラは、全盛期を過ぎてしまったトム・クルーズキャメロン・ディアスの「老い」までも冷酷に映し出してしまう。あのころ無敵だったヒーローも、美しかったヒロインも、時代とともに肉体をすり減らしていく。その厳然とした事実が否応なく画面ににじみ出るのだ。自らの青春を再現するかのように、前時代的なアクションを、ロマンスを、コメディーを全力で演じるふたりの姿は、どこか痛々しいし、ともすれば失笑の対象にすらなるかもしれない。実際、この映画に対するアメリカの観客の反応は冷ややかなものだった。でもね、いや、だからこそ、このふたりの姿に熱くならずにいられないのだ。スパイとして徹底的に教育を施されてもなお家族とのつながりを捨てることができなかったロイ。妹に先を越され、プレゼントに用意したヴィンテージカーもまったく喜んでもらえていないジューン。不器用でスキだらけなふたりのキャラクターが、翳りを見せ始めたクルーズとディアスの肉体を得たとき、なぜか輝きを見せはじめる。クライマックスの荒唐無稽なカーチェイスと銃撃戦に、けらけらと笑いつつも不意に胸に熱いものが込み上げてしまうのはなぜだろう。ふたりを結びつける曲として効果的に使用されるのは、キングメンの傑作「ルイ・ルイ」だ。愛する女に会うために夜も昼も(Night and Day)船を漕いでいく愚かな男の詩は、なぜかその後のポップミュージックを決定的に変えてしまった。無難なスパイアクションだと評する人もいるし、時代遅れのラヴコメだと笑う人もいるだろう。だがそれ以上に、『ナイト&デイ』は不器用で愚かな男と女の命がけの恋物語なのだ。