Devil's Own

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『スコット・ピルグリムVS. 邪悪な元カレ軍団』(エドガー・ライト)

"Scott Pilgrim vs. the World"2010/US・UK・CA

 エドガー・ライト新作。原作は未読だが、少年ジャンプの枠組みに高橋留美子的なラブコメ要素を接合した世界と説明していいのか。いずれにせよ日本の漫画文化の影響下にある魅力的な作品世界ではある。随所に織り込まれたコミックスビデオゲームの意匠も楽しく、懐かしいけど新しい独自の映像表現として結実している。主人公のスコット・ピルグリムマイケル・セラ)が好きな女の子ラモーナ・フラワーズ(メアリー・エリザベス・ウィンステッド)と付き合うために、7人の邪悪な元カレ軍団(女性含む)を倒さなくてはならない。いかにも荒唐無稽なストーリーに見えるが、スコットは元カレたちを通して「世界」と対峙することになる(vs. the world)。「好きな女の子と付き合うために元カレを倒さなくてはいけない」というシンプルな虚構が、普遍的な恋愛のあり方、ひいては個人と世界との関わり方を生々しく浮かび上がらせる油断ならない映画だ。
 もともとエドガー・ライトの語り口はドーピング的というか、ワンシーンごとの瞬間最大風速が映画全体のエモーションにうまくつながっていないことが多かったとおもう。『ホット・ファズ』と『カーズ』はプロットがほぼ同じなので比べてみるとわかりやすいが、要するに「タメ」が苦手なのだな。逆に彼の作品の予告編はどれももれなく面白いし『グラインドハウス』に寄せたフェイク予告編『ドント』も完成度が高かった。
 『スコット・ピルグリム〜』では敵を順番に倒していくという直線型のストーリーに短距離走者的なエドガー・ライトの資質がうまく働いてくれた。分割画面やジャンプカットを用いたスピード感のある話法もストーリーの経済に貢献している。元カレ軍団とのバトルもワンパターンにならないようにヴィジュアル的な工夫が凝らされていたし、アクションシーン処理も『ホット・ファズ』とは比べものにならないくらいうまかった。
 私が最も感心したのはアクションだけではなく恋愛映画としてもとても丁寧に作られている点だ。バンドサークルにいる軽薄な大学生を絵に描いたような矮小なキャラクターを主人公にすることで、恋愛論としての普遍性を獲得できたとおもう。「別に気にしないけど」と執拗に取り繕いながら、恋人の恋愛遍歴を根掘り葉掘り聞かずにはいられないスコット。女子高生の彼女ナイヴスとは自分の話しかしようとしないスコット。ラモーナに惹かれながらナイヴスと付き合っていることを周囲に非難されてもまともに別れを告げることのできないスコット。かようにスコット・ピルグリムはあらゆる点で一人前の恋愛をする資格を欠いているが、恋愛の美味しい部分しか見えない時期なんて誰にでもあるとおもう。スコットのことをやれヤリチンだのやれリア充だの非難する意見も見かけますがよっぽど聖人君子のような恋愛をしているんでしょうね。
 互いを純粋に求め合ううつくしい恋愛だとどんなに思っていても、エゴイズムが摩擦を生む瞬間が必ずどこかで訪れる。そうなって初めて自分たちは甘い自己肯定と共感をむさぼっていただけと気が付き愕然とするのだ。わけても恋人の過去を気にしてしまう自分はつらい。克服の仕方が難しいし、そんなことにこだわっている自分が途方もなく情けない人間に思えてくる。スコットは元カレ軍団との戦いに巻き込まれることで、恋愛がエゴイズムのぶつかり合いでありときに戦闘であることを身をもって知っていく。元カレを1人倒すごとに段階的に恋人の過去へのこだわりを殺していくのだ。結末に触れるので詳しくは書かないが、この映画には「愛」よりも「自尊心」が「高レベル」と描写される場面があり、ここに私はうなってしまった。恋愛における自分の「こだわり」が愛ではなくエゴだと気付くことはなかなか難しい。一人前の恋愛をするということはこうしたエゴを認め、うまく折り合いをつけることでもある。ネガ・スコットとの対決もギャグのような処理をされていたがあれがいちばん正しい決着だとおもう。エゴは殺せないからね。『(500)日のサマー』以降の文脈で語られる恋愛映画のニュースタンダードではないだろうか。