Devil's Own

cinema, music, book, trash and so on...

覚書(『フライト』『シュガー・ラッシュ』『リンカーン』など)

 月に最低1回は更新を目指しているが、結局4月はそんな余裕もなかった。昨年も4月だけぽっかり空いていたのでそんなものかともおもう。へたくそなりにも文章で飯を食うようになって3年目になる。だんだんと文章を書くことが恥ずかしくなってきた。文章を書くと恥をかくことは同義だという人がいて、まったくそのとおりだと思った。このブログに書いている文章など読み返していると、なんて押し付けがましく鬱陶しいんだろうとすべて消したくなる。とかいって消しませんが。書く時間はなかったが、3、4月に見た映画はどれもおもしろく豊作だったので忘れないうちに書いておきたい。書きませんでしたが日本映画も『舟を編む』『藁の盾』『探偵はBARにいる2』いずれも楽しめました。

『フライト』(ロバート・ゼメキス

"Flight"US/2012

 もうずいぶん昔に見たのでさらっとしか書けないけど、ことし一番語りがいのある映画といえそう。ソフトで見返したらまたじっくり書きたい。既にすぐれた論考がいくつも出ているのだが、航空パニック的な活劇は冒頭40分ほどで終息(その部分もやはりよくできているし手に汗握る)。そこから先は『失われた週末』になるのだが、アルコールや薬物依存症の恐怖を教条的に説くわけでもない。むしろドラッグ、アルコールがいかに楽しいかを景気のいいロックンロールをBGMに描いていく。ジョン・グッドマンふんするコカインの売人が登場するときにはストーンズの『悪魔を憐れむ歌』が、主人公と同じ問題を抱えた女性(ケリー・ライリー)と初めて愛し合う場面にはマーヴィン・ゲイの『ホワッツ・ゴーイング・オン』が流れるなど要所要所で音楽がストーリーテリングの鍵を握る。極め付きは主人公がコカインをキメて証人喚問に向かうとき、エレベーターで流れる『ウィズ・ア・リトル・ヘルプ・フロム・マイ・フレンズ』だろう。本国では爆笑だったのではないか。ドラッグを糧に花開いていったポップミュージックが主人公の享楽を雄弁に語っている。この映画を語る上でもうひとつ重要なテーマが宗教ということになるとおもうが、このあたりはもう2回くらい見て考えたいです。

シュガー・ラッシュ』(リッチ・ムーア)

"Wreck-It Ralph"US/2012

私の家庭にはゲームがなかった。人生で私が触れたゲームといえば、父親が何かの景品で持ち帰ってきたちっちゃなテトリスのゲーム機と友達の家でやった「ロックマン」と「ストⅡ」と「スーパードンキーコング」くらいである。小学生のいとこたちがうちに遊びに来ると数人で集まってそれぞれに携帯ゲームに没頭している。いくらなんでもこれは不健全じゃないのか…と私が非難がましく口にすると(鬱陶しいお兄さんである)、いとこたちの親は決まって「最近の子はゲームがないと友達についていけないから」というエクスキューズを口にする。そんなわけないだろう、とおもう。ゲームを持っていても友達ができないやつはできないんじゃないか。そんなゲーム弱者の私だが、『シュガー・ラッシュ』はとても楽しめた。でもきっと私がゲームにもっと親しんでいればもっと楽しかっただろうなとおもう。私は人生で初めてゲームが家になかったことを残念に思ったのだった。魅力的なキャラクターと世界観、練りに練られたシナリオでこれぞディズニーアニメというべき作品。今後、ディズニーは誰にでも楽しめるウェルメイドな作品群を、ピクサーではフルCGアニメの可能性を模索する実験作を、と差別化していくのだろうか。世界観やストーリーにおいてはピクサー的な作品と見せかけて、終盤に伝統的なプリンセスものに変化していく構成には舌を巻いた。主人公ラルフの心情変化などところどころ雑かなとおもえるところもなきにしもあらずだが、傑作といっていいだろう。

世界にひとつのプレイブック』(デヴィッド・O・ラッセル)

"Silver Linnings Playbook"US/2012

 前作と合わせてラッセル監督のリハビリ2部作ということになるのだろうか。『ザ・ファイター』のオープニングと『プレイブック』のエンディングは、向き合う主人公2人をとらえたカメラが一挙にドリーバックしていく撮影法で呼応しており、視覚的な円環構造にもなっている。単に手癖なのかもしれないが。『プレイブック』のドリーバックは文字どおりふたりが恋に「落ちる」様子を可視化していて、陶酔のあまり涙が出た。ちなみにドリーバックが印象的な作品で、私が真っ先に連想するのはギャンブル狂いのカップルを描いたジャック・ドゥミ監督の『天使の入江』だったりする。関係があるかはわからないが。主人公二人のロマンスを描き方が雑だという評を見かけたがいったい何を見ているのか。アメリカ映画においてダンスというのはほとんど恋と同義語。ダンスコンテストがクライマックスに置かれた時点でふたりは恋に向かっていたのである。

『ジャンゴ 繋がれざる者』(クエンティン・タランティーノ

"Django Unchained"US/2012

 タランティーノアカデミー賞とか獲るようになって、すっかりメーンストリームというか、実際にどんどん巧い監督になっているんだとはおもうのですが、それでも見た後にはいつもスカッとさせてくれるのがいいですね。誰が見ても「きのう超おもしろい映画見てさあ」って言えるような。今回もアクションも音楽も冴え渡っていていっときも飽きることなく見ることができた。マカロニウェスタンとかブラックスプロイテーションとか『マンディンゴ』とかの映画史的な文脈の話はほかの方々にお任せして、私は悪者がどかんと爆発するときの射精感に身を任せようとおもう。

『ザ・マスター』(ポール・トーマス・アンダーソン

"The Master"US/2012

『ザ・マスター』を見てから一月以上経ったが、まだこの映画のことがよくわからない。この映画のホアキン・フェニックスを見て、同じ職場で働いていたMさんのことを思い出した。映画のことはわからないのでその人のことを書く。Mさんは情緒不安定でニヤニヤしているかとおもえば唐突にキレ始めるような人だった。以前は私の部署にいたらしいがあまりに問題を起こすので異動になったのだと聞いた。私も入社当初はたびたび因縁をつけられたいじめられたが、そのうち本や映画の話をするようになった。変わり者だという認識は変わらなかったが、無難な人と無難な会話をするよりも、Mさんの毒づきを聞いている方がおもしろいし気が楽だともおもっていた。ある日Mさんが私の上司に不当な言い掛かりを付け始め、激しい言い争いをしたあげく、帰ってしまうという事件が起きた。どう考えてもMさんに非があった。『ザ・マスター』ではデパートでカメラマンをしているホアキンがニヤニヤしながら客に嫌がらせをする場面があるが、ちょうどあんな感じだった。それからしばらくしてMさんは会社をやめてしまった。忘れたころにMさんから自宅にはがきがきた。五島の草原の写真に「つまらなくも真剣な話、たのしかったです」とだけ書き添えられていた。私はそのはがきを大事にするでもなく、ぞんざいにするでもなく、なんとなく机の引き出しにしまった。しばらくして職場でMさんの話になり、はがきが来た話をすると、みんなが驚いた。はがきが来ていたのは私だけだった。「おまえやばいな!親友やん!」とからかわれ、私は「いやいやいや」と笑いながら返した。返しながらもはがきの話を黙っていればよかったとおもった。帰宅してMさんのはがきをもう一度見て『ザ・マスター』のパンフレットにはさんだ。そこがいちばんしっくりするような気がした。『ザ・マスター』のことを考えパンフを読み返すたびに、彼のことを思い出すだろうから。

リンカーン』(スティーブン・スピルバーグ

"Lincoln"2012/US

 最後の最後まで政治的な思惑に翻弄された『アルゴ』の悪運もそれはそれで興味深かったが、この作品がオスカーを獲っていればオバマ夫人がプレゼンターでも誰も文句は言わなかったはずなのだ。ゲティスバーグ演説奴隷解放宣言、暗殺といった「劇的な瞬間」は徹底してカメラの外に排除された。本来ならスピルバーグの真骨頂が発揮されるはずの南北戦争の場面すら冒頭、申し訳程度に描かれたきり(しかもぬるい)である。リンカーンと息子(ジョセフ・ゴードン=レヴィット)の関係もこれまでのスピルバーグが執拗に描いてきた父子のテーマに比べて随分と薄味である。ではこの作品は、退屈で眠い映画なのか。そんなことはない。ひたすらに地味で泥くさいリンカーンの「根回し」がなんと尊く美しいことか。トミー・リー・ジョーンズ演じる急進派スティーブンスの「妥協」のなんと誇り高いことか。「平和の対義語は戦争ではない。正義なのだ」という人に会ったことがある。多数決でひとつの正義を選ぶことを私たちはいつから民主主義とよぶようになったのか。まったく相容れることのできない、絶対に許すこともできそうにない「正義」が世の中にあふれている。互いの正義を検証し、互いに諦めながらぎりぎりの接点を見つけることによってしか平和は得られないのではないか。私たちの国では妥協を諦め、楽をしてしまおうという憲法の改正案が上がっている。『リンカーン』は現代の映画なのだ。

アイアンマン3』(シェーン・ブラック

"Iron Man 3"2013/US

最後までわりと楽しんで観たがときめきもなかったですね。私はアイアンマンスーツでは『2』のマークVがいちばん好きで、マークVのシーンだけ何回も見てしまう。ウィップラッシュに襲撃されたトニーにペッパーとハッピーがスーツケース型のマークVを渡そうとするんだけどパニックでうまくいかないんだよ。3人の掛け合いがとにかくほほえましい。そのあとスーツを着るところもかっこいいし、ウィップラッシュのムチにつかまってビリビリとなるところもかっこいい。あのシーンに私が好きなアイアンマンのすべてが詰まっている。だからオートコントロールのアイアンマンがたくさん出てくるのにはあまり興味ないのかもしれない。もっとペッパーやハッピーとの絶妙な掛け合いが観たかったですね。結局いちばんテンション上がったのはエンドクレジット後のおまけと『ソー』続編の予告でした。特に『ソー』の予告には尋常じゃないくらいにやついてしまい、自分がクリス・ヘイムワースとナタリー・ポートマンのカップリングがかなり好きなんだと気づいた。関係ないけどスマートフォンのアプリで『アイアンマン3』のゲームアプリがあって、無料なんですけどめっちゃおもしろいですよ。

ムーンライズ・キングダム』(ウェス・アンダーソン

"Moonrise Kingdom"2012/US

 人形アニメーションで制作した前作を経て、ウェス・アンダーソンの映画はますます箱庭的な性格を強めた。ドールハウスのようなセットと紙芝居のような構図の中で俳優たちがまるで人形のようにちゃかちゃかと動く。不健全とすらいえるほど純化されたファンタジー世界が、自閉した少年少女のモラトリアムに一致している。これでいいのか…と疑いつつも抗えない。このエントリに書いた映画はどれも完成度が高く年間ベスト級の作品だとおもうが私はどうしてもこの箱庭世界に惹かれてしまうのだった。まあ萌えみたいなものなんでしょうか。