Devil's Own

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『桜並木の満開の下に』(舩橋淳)

"Cold Bloom"2013/JP

 こんなに覚えにくいタイトルの映画があっていいのか。でも舩橋淳監督の名前は忘れないでおいたほうがいい。そんなこと私がわざわざ書かなくても昨年のドキュメンタリー映画『フタバから遠く離れて』でその才能を知る人は多いとおもう。私が舩橋監督の名前を知ったのは一昨年に刊行された「全貌フレデリック・ワイズマン」。収録された読み応えたっぷりのロングインタビューで聞き手と翻訳を務めていたのが舩橋監督だった。舩橋監督の質問は実に冴え渡っていて、謎めいた巨匠から重要な言葉を多く引き出すことに成功している。たいへん勉強になった。その翌年に発表されたドキュメンタリー映画はワイズマンのメソッドを起点としながらも、しかしまったく異なるアプローチが実践されている。方法論的な違いもあるけど、私が舩橋とワイズマンで決定的に違うとおもうのは「現実に抗う物語(想像力)」ではないかとおもう。私たちは多かれ少なかれ現実に「物語」を見いだして生きている。こうした「物語化」を拒否するのがワイズマンだとすれば、舩橋は厳しく過酷すぎる現実に抗う人間の想像力を信じている、といえるのではないか。私は舩橋監督のこうした姿勢と「311」は無関係ではないとおもっている。何度か書いたけど、「311」は私たちに物語のもろさ(と同時に尊さ)を突きつける出来事だったから。
 本作は茨城県日立市の映画製作支援制度「ひたちシネマ制作サポートプロジェクト」の助成を受けて製作。企画は「311」以前からあったものの、震災後撮影中止を余儀なくされお蔵入りになっていたのだという。舩橋はそのまま『フタバ〜』の撮影に入ったが、日立市から「映画を完成させてほしい」と打診があり撮影に入った。映画は「311以後の物語」になっているので多少のリライトもあったのだとおもう。
 町工場で働く栞(臼田あさ美)の夫が出張中の事故で亡くなる。事故を起こしたのは夫が目をかけていた後輩の工(三浦貴大)だった。栞は工を許すことができないが、周囲の非難に耐えながら仕事に打ち込む工の堅実さに少しずつ心が変化する。やがて工も栞に特別な感情を抱くようになり…。ストーリーを読んでピンとくる人も多いとおもうが、物語は明らかに成瀬巳喜男乱れ雲』の引き写している。加害者と被害者の悲恋だけでなくストーリー展開やせりふなど随所に『乱れ雲』の影響が垣間見られるので意識的なつくりなのだろう。恋情と罪悪感のはざまでもがき苦しむ男女の王道かつ古典的なメロドラマが展開する。撮影日数はたった11日だったいう。『乱れ雲』とは比べ物にならない低予算映画…なのだが、たとえばこの映画が『東京物語』に挑み壮絶に散った『東京家族』と同じわだちを踏んでいるかといえばそうではない。埋めることのできない喪失感、自分だけが生き残ってしまった罪悪感、不条理で無慈悲な世界への憎しみのなかで、それでも人とのつながりを求めずにはいられない男女のメロドラマは、311を経ることで切実さを増したようにおもう。
 二人が働く町工場を始め、建築物をとらえたショットが相変わらず冴えわたっている。『フタバ〜』を見たときドキュメンタリーとは思えないほどばしっとキマったショットの数々にしびれたものだ。一応日立市の観光映画としての期待されたところもあったろうに、舩橋がとらえる「街」は匿名的でよそよそしい。だからこそそこに息づく人々のぬくもりが胸を打つ。旅館で一夜を明かした朝、栞がそっと工の足首をつかむ。ふたりが肉体関係を結んだかどうかははっきりと示されないが、この官能性はどうだろうか。映画とは関係ないけど、三浦貴大さんは三浦友和山口百恵の息子ですね。成瀬と同じくメロドラマを得意とした西川克己の映画で数多く傑作を残した二人の息子が現代のメロドラマで実直で清潔な男を演じている…なんだか感慨深いものがありました。