Devil's Own

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『おろち』−僕らはおろち

 
 昨年見逃していた『おろち』がレンタルで出ていたので見てみた。そもそもが矛盾だらけのおろちのキャラクター設定も含めて映像化しづらい楳図の原作を低予算でうまくまとめあげた良作。スクリーンで見なかったことを激しく後悔している。
 蜷川実花による豪華絢爛なスチール(上図)は実のところ単なる「釣り」であり、映画本編は暗く、くすんだ画面によってまとめられている。これが、いかにも楳図的なムードに溢れており、なかなかよかった。監督の鶴田法男は、『ほんとうにあった怖い話』(1991)をなぜか黒沢清に絶賛されたりもした、知る人ぞ知るホラー映画監督といったところだが、『リング0 バースデイ』(2000)、『予言』(2004)、『ウルトラQ dark fantasy』(2004)でのリメイク版「悪魔ッ子」*1など、見たものはどれも凡作だったと記憶しているので、今回ここまで持っていかれたのは正直意想外だった。映画のほとんどが門前家の屋敷内で進むが、この屋敷の舞台設計もB級ホラー映画の趣があり秀逸だ。登場人物の動作が奇妙にギクシャクして見える楳図漫画のコマ割りと、バーヴァやアルジェントに代表されるイタリア製ホラー映画、ジャッロ映画の細かいカット割には、時間感覚や方向感覚において親和性があるように感じるのだがどうだろうか。そのあたりの運動神経も今回の映画化が成功している要因といえるだろう。
 それから脚本の高橋洋の手腕によるところが大きい。オリジナルの雰囲気を遵守しつつ、映画としての視覚的効果もしっかりと考慮に入れた今回のシナリオは、コミック映画化作品の中でも屈指の仕事ではないだろうか。原作は、超時空的存在である少女おろちの視点から、彼女が興味をもったさまざまな人々*2の人生を綴った連作形式になっているのだが、高橋は共に「姉妹の確執」をモチーフとした第1話『姉妹』と最終話『血』をベースに、物語を漫画から映画へ巧みにリライトしている。華やかなスター世界の裏側、美しい姉妹の栄光と欲望の物語は、高橋のシネフィル的な感性を通すことで、アルドリッチの傑作『何がジェーンに起こったか?』(1962)へとより近づいている。*3中越典子演じる妹・門前理沙の描写において特に、『何が〜』を意識したと思しき映像が散見される。かつて大スターだった妹・門前理沙(中越典子)の少女時代のステージや、その少女時代の栄光に飾られた現在の理沙の空虚な部屋などは顕著な例だろう。
 その他、古典的な怪奇映画、文学からの引用という形で、高橋洋の遊び心が随所に散りばめられている。終盤の手術場面はジョルジョ・フェローニの『生血を吸う女』(1961)に酷似しているし、スクリーンに映し出された女優・門前葵(木村佳乃)の顔が、フィルムが焼けることで醜く変貌していくシーンは明らかに江戸川乱歩「暗黒星」からの引用だろう。勿論、このような「元ネタ」の指摘は単にフェティシズムの問題であり、さして重要ではない。注目すべきは、一見フェティッシュなこれらの場面が物語に及ぼす効果である。例えば、フィルムが焼ける場面は、乱歩文学特有の禍々しく耽美な世界観を映画に定着させると同時に、30歳を目前に醜くなっていく門前家の女たちの呪われた宿命を可視化する役割をもっている。いずれも原作では見られなかった場面だが、ストーリーの禍々しさを視覚的インパクトによってうまく増強している。このあたりのクレバーな脚色力が漫画を実写化する際の要ではないだろうか。
 ところで、映画においておろちとは何者なのだろう。『チェンジリング』の感想でタイトルに「カメラはおろち」と書き加えておいたのだが、おろちというキャラクターは「映画」という物語手法においては成立しづらい存在だ。おそらく今回の映画化でも、おろちという主役そのものが一番の難物だったのではないだろうか。『姉妹』『血』の両作は、比較的おろちが物語に関係するのでまだよかったが、その他のエピソード(例えば『戦闘』や『秀才』)を映像化しようとしたき、おろちは完全に存在意義を失ってしまう。なぜなら映画を見るという行為において、われわれ自身がおろちになっているからだ。時間や場所を自由に行き来し、ただ登場人物の生活を覗き見るおろちは、映画におけるカメラ=観客と立場を同じくしている。おろちは、観客をメタ化したキャラクターなのだ。そのあたりの自己言及があると、この映画はカルト的傑作になっていたかもしれない。

余白

  • 劇中で谷村美月が『新宿烏』という歌謡曲をうたう場面がとてもよかった。カメラ目線の長回しで唄っているのだけど、なんとも心をうたれる印象的なシーンである。
  • 中越典子はほんとうに素晴らしかった。『ストロベリー・ショートケイクス』に続いて彼女の当たり役ではないか。最後色々あって、高笑いする場面があるのだが、これがもうまさに楳図漫画の「ハハハハハハ」って感じなんだよな。中越典子はこれからも追っていきたいとおもう。『必殺仕事人』とか中越典子目当てでちょくちょく見てたりもする。

おろち [DVD]

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*1:ウルトラQ』第25話。傑作。

*2:多くの場合、家族の確執にとらわれている。家庭、家、血は原作「おろち」を読み解く重要な主題だ。

*3:『おろち』自体、映画を元ネタにしたエピソードが多いので、今回、アルドリッチのモチーフが再び映画へと還元されたともいえるだろう。