Devil's Own

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『小悪魔はなぜモテる?!』(ウィル・グラック)―またはビッチに関する短い考察

"Easy A"2010/US

 ボンクラ男子のミューズ、エマ・ストーン主演の学園コメディ。前評判が高く、昨年公開された同監督の『ステイ・フレンズ』が傑作だったこともあり公開を熱望していたのだが、謎の邦題を付けられてのDVDスルーとなった。個人的にDVDスルー作品はチープな邦題も含めてがんばって愛するというのが私のスタンスです。劇場公開されても私の地元で公開される可能性は極めて薄いので別によかったとおもいます。結論から言いますが、今年のベスト1です。
 学校で脚光を浴びることのなかったオリーブ(エマ・ストーン)は友達関係にありがちな面倒ごとを避けるために些細なウソ(「大学生の彼氏に処女を捧げた」)をついてしまう。ウソは瞬く間に広がり、まんまとビッチのレッテルを貼られてしまったオリーブは開き直り「にせビッチ」として学園を闊歩するのだった。
 もともとは脚本のバート・V・ロイヤルがハイスクールを舞台に古典文学を語り直すシリーズとして書いたもの。この作品はホーソーンの『緋文字』を下敷きにしている。『緋文字』はアメリカの学園ものによく登場する文芸作品だが、日本の高校でいう『こころ』のようなものなのだろうか。劇中には「オリジナル版映画」としてコリーン・ムーア主演の1934年版が登場するが、実はリリアン・ギッシュ主演でもっと前に映画化されていたりする。『緋文字』というと私はドリュー・バリモア主演の『25年目のキス』などを思い出すが、個人的にあの映画に感じていた欠点も『Easy A』では克服されていたようにおもった。
 『ステイ・フレンズ』がロマンティックコメディへのオマージュになっていたように、本作はジョン・ヒューズを始めとした80年代青春映画へのオマージュになっている。本編中には『すてきな片思い』、『ブレックファスト・クラブ』、『フェリスはある朝突然に』、『セイ・エニシング』、『キャント・バイ・ミー・ラブ』のフッテージが引用されており、これらの映画をすべて見ている人にとっては抱き締めたくなるような作品になるだろう。ウィル・グラックタランティーノ以降のサンプリング世代の系譜に位置する作家といえそうだし、その方法論は『ステイ・フレンズ』でさらに洗練に向かっていくが、『Easy A』は恥ずかしげもなく元ネタを明かすことでむしろ「開かれた」映画になったのではないか。この「ネタばらし」要素はこの映画最大のチャームだとおもいますね。『緋文字』を読んでいなくても、ジョン・ヒューズの映画を1本も見ていなくても『Easy A』はふつうに面白いでしょ。それでなおかつ「今度読んで/見てみようかな」ともなる。そこがすばらしいとおもいました。
 文学作品や青春映画からの引用はこの映画を確かに奥深いものにしてはいる。ただこうしたウィットはあくまでも枝葉でしかなく根幹となる魅力は、すべての不機嫌な女の子を代表して世間に中指を立てるエマ・ストーンの痛快さだろう。仮に私が女の子で今の人間性や価値観、哲学をそのまま持っていたとしたらきっと今よりずっと窮屈な思いをしていたとおもう。そんなときこの映画にすごく救われたのではないか。
 今、某アイドルグループ周辺の風紀問題がやたらと話題になっていますよね。個人的にはほんとどうでもいいのですが、この映画を見て女の子の自由恋愛が「ビッチ」という便利な言葉によっていかに不当に握りつぶされているかを考えさせられた。「ビッチ」という言葉については私もつねづね考えをめぐらせている。けっこうリテラシーを問われる単語だとおもうんですよ。必ずしも蔑称であるとは限らないし、使っている人間の女性観にも裏打ちされているところがあるので、TPOをよく見極めなくてはならない。たとえば某アイドルグループのメンバーに彼氏がいたことが発覚すると「あいつはビッチだ」と罵倒するファンがいるじゃないですか。ファンに言わせれば自分たちはアイドルの「処女性」というファンタジー込みでお金を払っているから「契約違反」ってことかもしれないが、私から見るとですね「俺の欲望に従わない女、是即ちビッチなり」という言い分にも見えてしまう。そんな男性都合の「ビッチ」なんてちっとも引け目を感じる必要はないんですよ。ずいぶん前にツイートしたことがあるのだが、私の考えるビッチの定義は「男の視線に目配せしつつも欲望に屈せず世界をサバイブしていく女性だけに与えられる称号」です。自分らしさやモテを追求してるつもりでその実、男の欲望に従属してるだけの女性はただの奴隷(私はこういう人たちへの蔑称としてビッチを使うこともたまにあります)。ビッチを蔑称であるかのように女性を洗脳し、奴隷であることを強要する男は最低のクズ。これが私の「ビッチ」に関する基本的な考え方です。
 エマ・ストーン演じるオリーブは、最後まで純潔を守り通す一方でセックスを肯定してもいる。重要なのはオリーブがセックスしようが、しなかろうが物事を表層でしか見ない卑俗なクズどもには一切関係ないという点だ。オリーブの最後のせりふには胸をすくような思いがした。そしてこれは「ボンクラ男子のミューズ」というセルフイメージからのエマ・ストーンなりの決別とも取ることもできる。まあ、次はピーター・パーカーのガールフレンド役とかなので本当に脱却できているかどうかは別にしても、それまでのエマ・ストーンのキャリアの集大成であると同時に役者としての新しい可能性を印象づける作品になった。われわれボンクラ男子の需要をさらりと交わしながらあっかんべーしてる感じがたまらないんですよね。さて、ここまで読んでくれた人にはこう断言しても、誤解されることはないだろう。『Easy A』はビッチ映画の傑作です。理想のビッチ。愛してる!愛してる!
追記
 『ステイ・フレンズ』のミラ・クニスもそうなのだが、主人公が映画の世界に強いあこがれを持っていて、一方でそんな世界に行くことをどこかあきらめてもいる。これは言うまでもなく映画を見ている私たち自身のすがたでもある。でも日常が映画の世界のように飛躍する瞬間なんて実はいくらでもあって、そういうことにちゃんと気付かせてくれるから、『ステイ・フレンズ』も『Easy A』も私たちにとって特別な作品になりえてるのだとおもう。しかも作品中の映画愛がいわゆるシネフィル的なものとは違ってとてもフラットなんですよね。そのあんばいもすごくいいと思います。

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