『マン・オブ・スティール』(ザック・スナイダー)
"Man of Steel"2013/US
更新が空いてしまったが、夏休みシーズンに公開された「下敷きほしくなる系」の大作は一通り見た。わけても一番面白かったのは、スーパーマンの物語をクリストファー・ノーラン製作、ザック・スナイダー監督でリブートした『マン・オブ・スティール』だった。ノーラン製作のハードかつ「リアル」な方向性に当初は不安もあった。なにしろ私にはジョン・ウィリアムズのあのテーマ曲のないスーパーマンなど考えられなかった。評判の悪い『スーパーマン・リターンズ』ですら、墜落する飛行機を救う場面であのメロディが流れるだけで愛せてしまうくらいである。そういう人は多いとおもう。だが、まったくの杞憂だった。これまた評判の悪い『エンジェル・ウォーズ』を偏愛する私の意見など何の参考にもならないとおもうが、本作はスナイダーの最高傑作と言っていい。いや、彼のフィルモグラフィーのみならず、ここ数年のアメコミヒーローものでは群を抜いた出来ではないか。キネマ旬報掲載のインタビューの中でスナイダーはスーパーマンの魅力を「養子縁組のすばらしい話」と話している。ずいぶんテーマを矮小化したものだと感じたものだが、クラーク・ケントという一人の青年が「HOME」を見つけるまでの成長物語にまとめたことで、『マン・オブ・スティール』はこれまでにない普遍性を獲得できた。
物語はスーパーマンの文字どおりの「誕生」から始まる。クリプトンのような科学の発達した星でも出産は地球とまったく変わらないことに驚かされたが、どうやら自然分娩で子どもを産むことはクリプトンでは長年禁じられているらしい。父親のジョー=エルは惑星の崩壊を察知し、生後間もない息子を地球に送る。アメリカの農家の夫婦に拾われた赤ん坊はクラーク・ケントとして育てられるがしだいに自身の超人的な力に目覚めていく…と、筋書きはおおむねリチャード・ドナー監督の1作目を踏襲している。スナイダーはクラークの少年期と青年期の時間軸を交互に描くことで、聞き慣れた物語を経済的に処理しする。この方法について「あまり効果的でない」とする意見もあるようだが、時間軸に沿って見せられたらどんなに退屈になっていたことか。個人的に『アメージング・スパイダーマン』の前半部にかなり退屈していたのでいいやり方だったとおもう。クリプトンのくだりはやや冗長すぎる気がするが、少年時代のエピソードはすばらしい。養父母を演じたケビン・コスナーとダイアン・レインの演技は出色。事前に知らずにいたキャスティングだったので驚いた。視力と聴力を制御できずパニックを起こしたクラークに、養母がやさしく語りかける場面、クラークに生き方を示すために養父が竜巻に向かっていく場面では涙を押しとどめられなかった。
後半の怒濤のバトルシークエンスでは、スナイダーのお家芸といえるスーパースローを多用したアクション描写を封印。スーパーマンの直線運動の「速さ」を見せることで新境地を切り開いた。当時は斬新だったスーパースローのアクション描写もここ数年ですっかり手あかがついて、むしろダサいものに成り下がってしまったからな(例『ガッチャマン』)。「『ドラゴンボール』のよう」と評する人も多かったが、前作の『エンジェル・ウォーズ』は『セーラームーン』の最終章のようだったので、スナイダーは知らず知らず90年代東映アニメと呼応しているのかもしれない。
スーパーマンの独自性は人々が「見上げる存在」ということである。正義と真実と自由のために戦うアメリカ人の高潔な精神でもあるからだ。がれきに埋もれた部下を助けようとするデイリー・プラネット編集長(ローレンス・フィッシュバーン!すばらしい!)の姿がスーパーマンの戦いにインサートされる。それは、超人的な力を持たずとも私たち人間がスーパーマンに引けを取らない正義を実現できることの表れだ。こうしたスナイダーのストレートな英雄描写にやはり胸が熱くなってしまう。そしてスーパーマンは終盤、タブーを侵してしまう。賛否両論あるとおもうが、私はスーパーマンがアメリカの影をも背負い込んだとみる。誰もが見上げる理想の男の手は血で汚れている。このジレンマが後々のシリーズにどう響いていくのかも注視したい。
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