Devil's Own

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『つけびの村』(高橋ユキ)

 

つけびの村  噂が5人を殺したのか?
 

2013年に山口県周南市限界集落で起きた殺人事件に取材したルポルタージュ限界集落で孤立を深めた男が近隣住民を5人も殺害した特異性から「平成の津山事件」などと当時からネットで話題となっていた。私も発生当初からこの事件に関心を持っていた。というのも、容疑者の男が集落で村八分やいじめに遭っていたといううわさが当時からネット上にあふれていて、そのほとんどが信頼に足りうるようなソースに乏しかったからだった。きちんとしたファクトチェックがされないまま「平成の津山事件」が形成されていく過程が現代的だと思ったし、やはり俗っぽい好奇心もあった。

 著者は裁判傍聴ブロガー出身のフリーのルポライター。事件の舞台となった金峰集落でのていねいな地取り(現場の聞き取り取材)に加え、集落の歴史や受刑者との面会をとおして、事件を掘り起こす姿勢に好感を持った。取材を進めるうちに、被疑者、被害者遺族、集落の住民の多くが「信頼できない語り手」であり、曖昧模糊で出所不明、そのわりに偏見と悪意だけが増幅された「うわさ」だけが不気味に横たわる事件の輪郭が浮かび上がってくる。私も事件記者をしていたのでよくわかるが、現場が地方であればあるほど、事件に関するうわさがものすごい勢いで拡散していくのだ。真偽不明の情報に振り回され、追いかけてはつぶす徒労に明け暮れたこともある。

 見るからに異様な雰囲気の村人への取材に後ずさりしたり、緊張のあまり腹を下し村人にトイレを借りるくだりなど記者としての「弱さ」も率直に書いているところもよかった。特に被害者遺族、河村さんとの奇妙な絆にはうたれる。悲惨な最期をとげた河村さんが、死後に「うわさ」の餌食となっていくオチにも肝を冷やした。個人的に本書の白眉は、著者が事件の特異性を「地方コミュニティーの闇」で片づけず、SNS上で真偽不明(いや、むしろだいそれた偽りであるほど)の情報を拡散し、検証することもなく事件を消費してきた現代人の病理へと射程を広げているところだとおもう。

 事件ルポとしてはオチも弱く、肩透かし感があったが、「あとがき」を読むと、事件ノンフィクションの定型から自覚的に逸脱しようとした著者の意図も伝わった。結果として、事件について安易に「わかった気」にさせない特異な読後感を残すことに成功している。週刊誌用に執筆したルポが長らくお蔵入りになり、noteに有料コンテンツとして公開してから、バズるまでの過程も興味深かった。