Devil's Own

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『ロボット』(シャンカール)

"Enthiran(Robot)"2010/IN

 インターネットの片隅でひっそりこつこつと映画の感想を書き連ねるようになってから数年が経ち、地道な文章がそこそこ注目などもされたりもしてすっかり調子に乗っている私であるが、『ロボット』のような完璧な娯楽映画を目の前にすると、私はまだ「映画」のほんの一部分しか知らないのだなと打ちひしがれる。インドがアメリカを凌ぐ世界一の映画量産国であることを知っていてもその実態がどういうものなのか知る機会は少ない。私もインド映画といわれて思い浮かぶのは、長らくサタジット・レイやグル・ダットといった「作家」くらいなものだった。もちろん、インド娯楽映画の足音は聞こえていなかったわけではない。3年前に劇場で『チャンドニーチョーク・トゥ・チャイナ』を見て快哉をさけび、2年前には偶然仕事で知り合った知人に貸してもらった『Om Shanti Om』に驚愕した。そして昨年、id:samurai_kung_fuさんのブログに「『ロボット』から始めよう!インド映画の超楽しい世界。」が投下された。露払いが整い、満を持しての『ロボット』である。今年いちばんの期待に胸を膨らませ、朝の5時起き、片道2時間半をかけて見に行ったわけだが、期待以上の傑作だった。
 人間そっくりに作られたロボットの悲恋と暴走という単純明快なストーリーの中に、アクション、ミュージカル、ラブロマンス、サスペンスとあらゆる娯楽映画の要素が詰め込まれる。場面に応じてボーダレスな演出を手際よく使い分けるシャンカールの手腕にも陶然とするがA・R・ラフマーンの景気のいいスコアも快楽を増幅する。ドーピングにドーピングを重ねるかのような物語と演出のテンションは終盤まで続く。ラスト20分の荒唐無稽なVFXには思わず笑ってしまう…笑ってしまうのだが、それよりも私は完膚なきまでに人を驚かそうとする過剰なサービス精神に感動を覚えずにいられない。そしてラストシーンに私はしっかり涙を搾り取られてしまった。たった数時間、暗がりからスクリーンを見つめているだけで観客はあらゆる感情を引き出され幸福な気持ちで劇場を後にできる。こんな幸福な娯楽がほかにありますかね。
 「シャンカールはインドのジェームズ・キャメロンだ」という意見もあるそうだが、確かにこんな徹頭徹尾迷いのない娯楽作を撮っているのはハリウッドでもキャメロンくらいなものだろう。なにより、私が驚いたのは主演のラジニカーントは既に還暦オーバー、ヒロインのアイシュワリヤーは40歳手前にもかかわらず実年齢より20歳近く若いであろう役を平然と演じきっているという点である。この迷いのなさにこそ、インド映画そのものの勢いが表れているようにもおもった。不満らしい不満といえば日本公開に合わせミュージカルシーンを中心にいくつかの場面がカットされた短縮版だったことくらい。おそらく完全版でもテンションがだれることはないだろう。完全版の上映は実現してもせいぜい関東までだろうが、ソフト化の折はぜひ完全版収録をお願いしたい。これを機にボリウッド娯楽映画がふつうのハリウッド映画と同じようにどばどばと輸入されたらうれしいですね。