Devil's Own

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トム・ヨークが憎む消し去るものとは何なのか

 昨日は結局完全に徹夜になってしまい、ようやく提出して帰ってベッドに倒れこみZZZ。で午前4時に起きて、寒すぎてエアコン入れてまた寝る。そしたら寒すぎて起きてエアコンが冷房になっているという悲劇的事実に気がついたときは既に遅く、喉痛い。銀のベンザ高い。合掌。

 あれですね、「ツィゴイネルワイゼン」の原田芳雄と同質の色気を感じたと言われたので、もう暫くは髪の毛を切らずにね、行きたいと思う。

 さ、公約を果たしましょう。2006年ベストアルバムレヴュー3位だよ。

The Eraser

The Eraser

 トム・ヨークのソロだよ。
 実は自分の中では、ギリギリまでこのアルバムが1位かなくらい思っていたのだが、というのも去年は若干の鬱な時期にもこのアルバムだけは手放さずに聴いていたから。ヴァリアスは暗すぎて、ちょっとしんどいものがあるが、トム・ヨーク全霊長類対応型なので別格。
このアルバムのサウンド的な特徴としては「KID A」「AMNESIAC」で見せたシンプルなラップトップによるビートの延長線、というより前述の2枚のサウンドをよりミニマルに、よりオーガニックに追及している。

 「KID A」は、リリース当時あれだけ祭り上げられたにも拘らず、取り上げられたのはエレクトロニカからの影響くらいで、以来彼らはそのイノヴェーショナルなアティチュードばかりが評価されるバンドになってしまった。「KID A」でも「AMNESIAC」でもオウテカのルーツばかり馬鹿の一つ覚えで取り上げて、フリー・ジャズからの文脈は全く無視だぜって言う音楽評論家がとにかく多かった印象がある。「AMNESIAC」が「KID A」に比べてあまり評価を受けていないのも恐らくそのためだ。そんな風に「KID A」を第2の「アビー・ロード」扱いして祭り上げるのはやめて欲しい。
 恐らくトム・ヨークもそうやって必要以上に怪物化していった傑作アルバム「KID A」と、それに付随するレディオヘッドというバンドの肥大化に若干辟易しているのかもしれない。彼らのレコード会社というより音楽=資本という体制そのものへの不信感は今に始まったことではないが、このアルバムの中でもトム・ヨークはそういったオブセッションを吐露している。曲の中で、主人公の殆どは得体の知れない何かに追い立てられ、遮断され、狂気と正気のギリギリのせめぎ合いに苦しんでいる。体制・組織による洗脳へのレジスタンスは前作「Hail To The Theif」でも多く見られたが、今回はより深刻で切迫している。The Eraser―消し去るものとは、前作で僕らに「2+2=5」と言わせたり「Sit Down Stand Up」と急き立てたりするTheif―泥棒と同義語なのかもしれない。
 雑誌のインタビューなどで、彼が、アルバム制作の際に意識したと語っている2枚を紹介。トム・ヨークはアルバム制作時に必ず他のアーティストの曲を聴いていて、それがいつも僕にも色々な音楽への扉を示してくれて非常に面白い。
 一枚目は、ザ・バグ=ケヴィン・マーティンによるダンスホールレゲエなアルバム「プレッシャー」。

Pressure

Pressure

 このアルバムは持っていないのでアマゾンで試聴したのだが、ど真ん中にラガビートなサウンドだったので戸惑った。トム・ヨークはアルバム制作の際、「声」と「ビート」という2つの要素に強くフォーカスしていたので、恐らくその辺の意識に関わるアルバムだったのではないだろうか。言い忘れていたが、「The Eraser」はヴォーカリストとしてのトム・ヨークの魅力がこれまでになく強く打ち出された発揮された作品だ。勿論、レディオヘッドの音楽を語る上でトム・ヨークの声はかなり重要な位置を占める要素であるし、故にこのソロアルバムも数年前にリリースされたジョニーのソロ作以上にレディオヘッド色の強い作品に聴こえる。しかしながら、やはり同聴いても、このレコードにはトムひとりしかいない。レディオヘッドの、あの5人の完璧な佇まいが並んだときに鳴らされる奇跡的にスリリングなサウンドスケープはここにはなく、やはりトム・ヨークの声の力だけが、暗闇で揺れる蝋燭の炎のように力強く、しかし儚く聴こえてくる。

 もう一枚は、随一のポップイノヴェイターであるブライアン・イーノと、トーキング・ヘッズのヴォーカリスト デヴィッド・バーンとコラボレイトによって生み出された、81年の傑作「ブッシュ・オブ・ゴースツ」。

My Life in the Bush of Ghosts

My Life in the Bush of Ghosts

id:subterraneanさんの表現を借りるならまさに「第三世界レアグルーヴ」とも言うべき大傑作。様々な民族楽器のサンプリングコラージュが生み出すエスニックビートが、硬質な電子音と有機的に絡み合い、生命の脈動のように力強いグルーヴを生み出している。世界の終焉のサウンドトラックにさえ聴こえるこのレコードは、あらゆる面で「KID A」以降のトム・ヨークと共振する。The Eraserが指すものはこの力強いビートを消し去ろうとするのものであることは間違いない。「ブッシュ・オブ・ゴースツ」の奏でる獰猛で野生的なビートには、何者にも虐げることの出来ない意志と力強さへの祝福が満ちている。しかし、「ジ・イレイサー」で鳴っているビートは、とてもか細く頼りない。この弱さが、満たされているのになんだかとても不安だという僕らの今日的なペシミズムを表しているのかもしれない。画一化を進め、構造的暴力で弱者を淘汰する資本主義勢力の横行に、僕らは手も足も縛られて、ただ口を開けて彼らの詰め込むインスタントフードを咀嚼するしかない。
 歌詞も世界観も非常に辛辣で憂鬱なものばかりだが、聴いているととても落ち着いた気持ちになる。これはやはりトム・ヨークのヴォーカルとメロディーの美しさが成せる業だろう。このレコードは決して聴くもの不幸な気持ちなさせるものではなく、どうしようもない哀しみからそっと掬い取ってくれるような甘く優しい魔法が隠れている。

  • Thom Yorke「Horrow Down Hill」