Devil's Own

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『ミルク』


 ガス・ヴァン・サントの新作はゲイの市民権獲得に尽力した政治家ハーヴェイ・ミルクの伝記映画。暗いタナトスに取り憑かれたような近年の作品群とはいささか趣が異なり、生への祝福に満ち溢れている。70年代のゲイムーヴメントを、あくまで陽気でクールで刹那的なパーティーとして描いており、テーマの割りに楽しい映画に仕上がっているのではないか。
 ドリーショットやソフトフォーカスなど、アートスクールっぽいスカした演出はすっかり鳴りを潜め、ここへきて一般映画に立ち返った感もあるが、その実もっともサントの資質が発揮された作品ともいえる。ゲイというモチーフ自体は『エレファント』や『ラストデイズ』など過去の作品でも度々顔を覗かせていたものであり、不意に勃発する男同士のラブシーンには、見るものを甘美な世界に誘惑するようなエロティシズムがあった。ハーヴェイ・ミルクという人物はサントにとって格好の題材だったのではないだろうか。本作に登場するホモセクシャルの男たちはみんな、まるで女であり、女を女たらしめているのは、身体的特徴や服装などの外的要素というよりもむしろ、彼ら(彼女ら)を見つめる私たちの眼差しの方にあるのだと気づかされる。男を女のように撮るサントの演出に、各役者の演技が応えることで、『ミルク』は伝記映画の枠組みを越えた、眩しくてエネルギッシュな恋愛群像劇へと昇華した。ショーン・ペンは陽気で知的なゲイを紋切り型にとどまらない軽妙さで演じきっていてすばらしい。ミルクの周りに徐々に集まってくるサポーターたちも、それぞれが「女らしい」魅力を持っていて、ミルクの二番目の恋人ジャック(ディエゴ・ルナ)なんかは特に可愛いらしい。彼らの身体はやはり男であるから、その可愛さ美しさにはどこかしら暗い悲哀がつきまとう。それはコンプレックスや劣等感といった単純なものではなく、生きるために誰もが引き受けなくてはならないカルマとして、彼らの生を一層輝かしいものにしているのだ。サントはそうした輝かしい生の発露を衒うことなくフィルムに焼き付けている。
 ミルク人気の陰で行き詰まり、次第に暴走していく政治家ダン・ホワイト(ジョシュ・ブローリン)は、ある意味もっともサント的なキャラクターだといえるだろう。個人的にはもっとも持っていかれたキャラクターだったが。
 ところで、『グラン・トリノ』にはすっかり打ちのめされてしまった。『スラムドッグ』や『ザ・バンク』など感想は後日。暇さえあれば『ウォッチメン』原作を一生懸命読み進む日々。読んでから再見しようと思ったが、読破には時間がかかる。