Devil's Own

cinema, music, book, trash and so on...

『全裸監督』(武正晴、河合隼人、内田英治)

"The Naked Director"2019/JP

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  話題のNetflixドラマ、『全裸監督』(全8話)を見ました。「ハメ撮りの帝王」として90年代に一世を風靡したアダルトビデオ監督、村西とおるの半生を基にしたフィクションです。自他共に認めるAV好きの私ですが、残念ながらリアルタイムでの村西監督の全盛期はよく知りません。「ナイスですねえ」に代表される独特の"村西トーク"や顔射、駅弁といった現在のAVにまで連なる表現を編み出した史実を知っている程度。とはいえ、先日ここでも書いた通り、私はポルノ・AVカルチャーに対して並々ならぬ思い入れを持っています。やはりこの作品については書いておかなくてはなるまいとおもうのです。

 物語は、北海道で英会話教材のセールスマンだった村西が、「ビニ本」でポルノカルチャーと出会い、警察や業界と対立しながらも新時代のAV監督として成り上がっていくさまを、バブル時代の狂騒を背景にエネルギッシュに描いている。さすがはNetflix制作とあって、性描写や暴力表現に手抜きはなく、主人公を演じる山田孝之をはじめ、玉山鉄二満島真之介ら一線の俳優陣が、エロに情熱を傾ける若者たちをのびのびと、過激に演じている。

 特殊な業界を舞台としているが、野心と創意工夫に満ちた若者たちが、大人たちと対峙しながら、時代をサバイブしていく正統派の青春群像劇だ。劇伴音楽の雰囲気からは『ソーシャル・ネットワーク』(2010)の影響もかいまみえる。業界最大手、ヤクザ、警察とそれぞれの立場で主人公チームに立ちはだかる石橋凌國村隼(『オーディション』のコンビ!)、リリー・フランキーら「大人側」陣営も、手練れの演技力で迎え撃つ。

 わけても手ごわいラスボスに設定されているのが、業界最大手ポセイドン企画の社長・池沢(石橋)だ。ポセイドン企画(宇宙企画がモデル?)は、女優たちを契約で占有し、美少女路線で売り出しつつ、実際には搾取している。さらには自主規制団体を立ち上げて、表現を縛り、業界の支配者としても君臨する。これに対して村西は、女性のセックス解放を体現するAV女優・黒木香(森田望智)とコンビを組み、「本番あり」のドキュメント路線で挑んでいく。

 本作では、村西たちがもたらすAV業界の変革が、昭和から平成への転換期と重ねて描かれる。じっさいこの時期は、AVに限らず、映画、音楽、お笑いとあらゆる分野でフィクションからドキュメントへの移行が進んだ。「昭和の終わり」は「ファンタジーの終わり」だったのだ。

 時代の趨勢が村西の側に付いたことを「未来」を生きる私たちは知っている。本作の真骨頂は、劇中の村西たちの姿が、現代のエンターテインメント業界における『全裸監督』じたいのポジションと一致している点だろう。既得権益と自主規制ですっかり退屈になってしまったテレビ業界の枠組みから、本作は完全に解放されている。まさに村西たちと同じく業界を破壊し、新時代のスタンダードとなりうる可能性を秘めている。

 劇中、村西たちに「逆転」の契機をもたらす人物を演じているのが、現状テレビから干されているピエール瀧というのも痛快だ。偶然というにはあまりにできすぎなキャスティングのマジック。これこそ本作が時代に愛されている証左かもしれない。昭和から平成のコンテンツの変革を切り取った作品が、 令和の始まりにテレビコンテンツにとどめを刺した、と言えばうがち過ぎか。

 最後にひとつ。本作には女優への出演強要や中傷被害など現代的な問題も織り交ぜることで、村西の立場が巧妙にロンダリングされていることは指摘しておきたい。黒木香のキャラクターによって女性のセックス解放とすり替えられた感があるが、じっさいの村西は女優にとってリスクも負担も大きい「本番行為」の主流化を後押ししたのであり、女性たちを傷つけ、搾取する今日的なAV制作の構造に加担した側面はある。劇中でも、村西が「本番」をそそのかしたことが引き金となり、破滅していくAV女優(川上奈々美)のエピソードが描かれている。すでにシーズン2の制作も決まっている。この後、AVの表現がさらに過激化していくことは周知の事実だし、インターネットの台頭によりエロをとりまく環境も激変していく。女優、男優双方の労働環境や尊厳について、いまも多くの課題を抱える日本のAV業界と、作り手がどのように向き合っていくのか。作品の面白さとはべつに、注目していきたいです。

『オーディション』(三池崇史)ー恋は、怖くて痛い

Audition/1999/JP

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 三池崇史監督の国際的な評価を決定づけた『オーディション』が英アロービデオでBlu-ray化されました。私は村上龍の原作を含めて、この映画のファンなのですが、見返してみて、あらためて物語のせつなく、はかないメロドラマ性にうたれました。クライマックスにおける目をそむけたくなるような激痛シーンと、過激な暴力行為をかれんに演じ切る椎名英姫(現・しいなえいひ)さんのサイコパス演技も見どころですが、本質的には誰にでも共感できる恋愛論映画だった。大人になると、いっそう深くテーマが心に突き刺さりました。

 妻に先立たれた主人公、青山(石橋凌)は友人の吉川(國村隼)の協力を得て、映画オーディションというかたちで再婚相手をさがす。中年男二人が、若い女の子にあれこれ聞き出しながら値踏みするという発想じたいが、そもそも気持ち悪いわけだが、テンポのいい編集と石橋、國村の息の合った演技で楽しいシーンに仕上がっている。オーディション前、誰も座っていない空っぽのいすを映したショットが印象的。背後にある窓のカーテンが開かれ、まだ見ぬ誰かとの「出会い」への期待と不安を表現する。吉川のいかにも「業界人」っぽい俗物性と青山の硬派で洗練されたキャラクターの対比もいい。オーディションを通して青山は、なぞめいた女性・麻美(椎名)につよく惹かれるわけだが、ていねいな切り返しによって、二人のほのかな交情の芽生えをスリリングにとらえている。

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 石橋は、ともすれば不愉快な人間にすらなりかねない青山の役柄を、清潔さを損なわずに演じた。オーディションの書類をめくりながらも妻の遺影が気になり、そっと写真立てを伏せるしぐさ、はじめてデートを麻美に取り付けて、小躍りする少年のような笑顔。Vシネや北野映画でやくざ役を演じることが多い石橋の意外な側面を引き出している。

 青山はモテる。会社の部下(広岡由里子)とは一度は関係を持ったことがあるようだし、自宅の世話をする家政婦(根岸季衣)もひそかに思いを寄せているように見える。たぶん彼は、妻と死別してからも、それなりに女性にモテたし、たまには火遊びもあった。それでもこれまで再婚を考えるほど、真剣な交際はしてこなかったということなのだろう。そして、やっぱり何度も誰かを傷つけてきた。

 三池監督のコメンタリーによると、欧米では本作を、虐待、搾取された女性が男性社会に復讐する、ある種のフェミニズム映画として見る向きもあるそうだ。青山がいかに好印象な中年男性であっても、周囲の女性たちのまごころに向き合わず、オーディションで若い再婚相手を探している身勝手さに変わりはない。幼いころから虐待(しかもたぶんに性的なニュアンスを含む)を受けてきた麻美を通して、青山は女性たちを傷つけ、弄んできた自身の過去に向き合うことになる。

 眼球に針を突き刺し、足首を切り落とす凄惨な拷問シーンは今見ても衝撃的だ。麻美が切り落とした足首をカメラのほうに放り投げると、画面手前のガラス戸に音を立ててぶつかる。繊細かつていねいに積み上げられてきた大人の恋愛ドラマが、身もふたもない即物的な暴力に破壊される感覚に身震いがする。

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 ミイケの名を世界にとどろかせた名場面が、ここまで鮮烈な印象を残すのは、たんに露悪的だからではない。もはや暴力と痛みでしか、他者と心を通わせたり、愛を確かめ合ったりできない麻美の、切実でやるせない「まごころ」を感じ取れるからだろう。青山を痛めつけ、男の身勝手さや浅はかさを責める麻美。それでも、私たちは青山が彼なりの真剣さと誠実さで麻美と向き合ってきたことを知っている。麻美と少しずつ距離を近づけていくときのときめきや、彼女のこころを理解しようとする誠意に、うそはなかったはずだ。それでも、ふたりの愛のかたちには、はじめから決定的に違っていた。その残酷な不一致に、たまらない切なさを感じるのだ。

  青山の息子を手にかけようとした麻美は、誤って階段から転げ落ち重傷を負う。断末魔の麻美がうわごとのように繰り返すのは、青山と初めてデートした時の言葉だった。観客は、間違いだらけでも、彼女なりにいちずだった麻美の恋心に思い至る。長い髪をたらして、黒電話の前で待ち続けた彼女の深い孤独と狂おしいほどの渇望。この世界にあふれている行き場を失った愛の姿だ。

 相手が異性でも、同性でも、気持ちが通じ合いそうな他者との出会いには胸が高鳴る。共通の話題が見つかったり、運命的なよすがが感じたりして、心の距離がぐっと詰まっていくあの感覚。もしかしたら、この人が自分にとってかけがえのない友達や恋人になるかもしれないという期待と、ひょっとしたら深く傷つけあうかもしれないといういちまつの不安。そうした感覚を俗に「ときめく」というのだろう。ともかく私はこれまで、そうやって友達や恋人と出会ってきたが、もちろん幸福な関係を築けたのは、ごく一握りしかいない。あの時、彼の誘いに乗っていれば、彼女を誘っていれば、違った未来があったのだろうか。踏み出せなかったのは、怖かったからか、めんどくさかったからか。中絶してしまった幾多の出会いを引きずりながら、性懲りもなく私は、空っぽのいすに期待を寄せる。

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『座頭市逆手斬り』(森一生)、『座頭市地獄旅』(三隅研次)

座頭市逆手斬り』(森一生

"Zatoichi and the Doomed Man"1965/JP

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第11作。市が百叩きで罰せられるショッキングな冒頭に始まり、同じ牢に入れられた島蔵という老人から、無実の罪を証明してくれる知人を連れてきてほしいと頼まれるいきさつが、フラッシュバック形式で語られる。釈放された市は、島蔵の頼みをあっけなく反故にする(ひどい)のだが、ふしぎな因果に引き寄せられるように、島蔵を陥れた黒幕へと引き寄せられていく。本作には市と対等に勝負できるヒール役は登場しないが、市の名をかたる小悪党「偽座頭市」が登場。松竹新喜劇藤山寛美がひょうひょうと演じている。基本、コメディリリーフ的な役回りなのだが、うそを重ねすぎて「本当の自分が誰なのか時々わからなくなる」と市に語る場面などはそこはかとないペーソスにあふれる。中盤で島蔵の息子だとわかるが、さして物語には絡むことなく、ラストで役人にしょっぴかれながらも、まだほらを吹き続けているというおかしくも、哀しいキャラクターなのであった。ストーリーに無関係なのだが、海を見たことがない市が、見知らぬ少女に海について教えてもらう場面も印象的だ。

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座頭市地獄旅』(三隅研次

"Zatoichi and the Chess Expert"1965/JP

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第12作。敵役に名優、成田三樹夫伊藤大輔が脚本、三隅研次が演出を手掛け、さまざまな登場人物の因縁が情念が交錯する重厚な群像劇に仕上がった。成田演じる十文字糺は、殴られ屋で生計を立てる将棋好きの浪人。今の境遇に落ちぶれたバックストーリーなどは語られないが、ニヒルな存在感でひさびさに深みのある悪役となった。十文字が自分の過去をしる男を抹殺する場面の引き算演出、目隠し将棋を指しながら市と刃を交える決闘シーンなど緊迫感のある編集がさえる。岩崎加根子が演じるヒロインはお種で、万里昌代が演じた初代ヒロインの存在がかなり久しぶりに言及される。お種が顔のほくろを市に確認させる、あの印象的な名場面も再現。お種(2代目)が、死んだ初代お種にやきもちを焼く様子がかわいらしい。

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2018年の映像ソフト12選

ことしも封切り映画は20本くらいしか見ておらず、ますます「在宅派」が進んでしまいました。というわけで、ことし購入して「よかった!」というBlu-ray、DVDソフトを書いていこうとおもいます。作品内容はもちろんですが、あくまでパッケージとしての満足度に重きをおいたラインアップとなっています。

ネバーエンディング・ストーリー ニューマスターコレクターズエディション』(TCエンタテインメント)

ネバーエンディング・ストーリー ニューマスター コレクターズ・エディション [Blu-ray]

国内で2度目のBlu-rayリリースです。インターナショナル版とエクステンデッド版、特典ディスクの3枚組。前回との違いはインターナショナル版がHDリマスターやエクステンデッド版のドイツ語音声収録、ウォルフガング・ピーターゼン監督のコメンタリーなど。インターナショナル版の日本語吹き替えは前回と同じく、テレビ放映版とソフト版の2種類収録されています。

インターナショナル版の画質は、目が覚めるほど向上ではないですが、普段はこちらを見ることが多いのでうれしいところ。コメンタリー好きなので音声解説もうれしい。特典ディスクにも初収録のメイキングドキュメンタリーを収録。当時の技術の粋を集めた特撮技術の裏側が見られます。

アウターケースが劇中の本を模したデザインになっていたり、リマールが歌うヒット曲「Never Ending Story」のミュージッククリップが隠しコマンドで見られたりなど遊び心が満載。高いけれど、買い替える価値のある商品でした。逆に前の商品の意味がなくなっちゃったけど。

デッドプール2(4枚組)』(20世紀フォックス

デッドプール2 (4枚組)[4K ULTRA HD + Blu-ray]

本編と劇場公開版より15分長い「スーパードゥーパー$@%!#&カット」の2種類に、それぞれBlu-rayと4KUHDBlu-rayをコンパイルした4枚組。この作品は劇場で見たときは情報量の多さゆえにとっちらかった印象を受けたのですが、ソフトでくり返し見ているうちに評価が急上昇。小ネタが多いのでソフト鑑賞向きの作品だなあと思いました。1作目はヒーロー誕生譚としてよくまとまっていたけど、コミックスを読むと、こっちのほうがデッドプールっぽいんだよね。長尺版はさらに特盛感がすごい。暴力シーンを追加しただけに見えるけど、ところどころでカットが変わっていたり、音楽が差し替えられていたりと演出上の違いもあので油断できない。さらにメニュー画面は、劇中でも効果的に使われているa~ha「Take On Me」をBGMに、VHS画像風の名場面が流れるという非常に凝ったもの。音声解説や特典も面白い。時間をかけて作品世界を味わい尽くせるようなこだわりにあふれていて、映像ソフトの楽しみを再認識させてくれる。新作映画では断トツのパッケージでした。

2001年宇宙の旅 4K ULTRA HD』(ワーナー)

2001年宇宙の旅 日本語吹替音声追加収録版  4K ULTRA HD&HDデジタル・リマスター ブルーレイ (初回限定生産/3枚組/ブックレット&アートカード付) [Blu-ray]

ボーナスでテレビとプレイヤーを4K化したのですが、この『2001年宇宙の旅』はあまりの高画質に愕然とした。DVDからBlu-rayに買い替えたときでもこんなに驚かなった気がする。往年の映画にデジタル処理で修正を加えることの是非は差し置いても、この映像体験は個人的にはいちばんの衝撃だった(本当は劇場で体験しかったけど)。画質の向上に目がいきがちですが、このBlu-rayは日本語吹き替えが初収録されたこともうれしいポイント。

ただ、本作品は今後もさまざまな形でリリースされるとおもいますし、決定版にはたぶんならないでしょう。まったく同じスペックでの廉価版が近い将来リリースされる可能性も低くないとおもいます。リージョンフリーの海外版にも日本語字幕はついているそうです。なので決して商品としての優位性が高いとはいえませんが、現時点でのインパクトという意味であげておきます。

八月の鯨 日本公開30周年記念ニュー・デジタル・リマスター』(パラマウント

八月の鯨 日本公開30周年記念  ニュー・デジタル・リマスターBlu-ray

夏が来ると、自然とDVDを引っ張り出して見返してしまう映画。これまで安かろう(画質)悪かろうのDVDに甘んじていましたが、ようやくまともな商品が出ました。海と夏空の美しいブルーを堪能することができます。

まずはリリースされたことを喜びつつ、輪をかけてうれしかったのは110分にもおよぶ特典映像。リリアン・ギッシュベティ・デイヴィスらキャスト陣や主要スタッフのインタビューがほぼノーカットで入っています。特にベティのインタビューがめちゃくちゃ面白い。たばこをふかしながら、皮肉なギャグを飛ばしたり、中身のない質問にダメ出しをしたりする奔放ぶりに、インタビュアーがたじたじになっていて笑ってしまった。

『浮草 4Kデジタル復元版』(角川書店)

浮草 4Kデジタル復元版 Blu-ray

小津安二郎監督作の4Kプロジェクトも徐々に進み、今年は松竹が『お茶漬けの味』、『東京暮色』、『早春』をリリース。唯一の大映作品の『浮草』は角川からリリースされました。作品内容は言うまでもありませんが、特典映像のフィルムセンターでのデジタル復元をめぐる講演がすごく面白かった。音声解説は既存DVDの流用だけど、ちゃんと収録してくれてうれしい。角川書店は今年、シャブロル、ブニュエルルイ・マル川島雄三などの充実のラインアップ。シネフィルレーベルからは『狩人の夜』、『暗殺のオペラ』、『サテリコン』なども発売され、一時期の紀伊国屋を思わせる勢いでした。大映の小さな作品も地道にDVDで出し続けてくれているし、本当に良心的。東宝東映にも見習ってほしいですね。今後もしっかり買い支えていきます。

DEVILMAN crybaby COMPLETE BOX』(アニプレックス

DEVILMAN crybaby COMPLETE BOX(完全生産限定版) [Blu-ray]

1月にNETFLIXで公開された湯浅政明監督の新作。まずもって作品がとにかくすごかった。原作にほぼ忠実なんだけど、舞台を川崎に移し、陸上部やラップなどのアレンジを効果的に加えることで、現代的な物語にアップデート。「『デビルマン』って、今の時代にわりと現実化してないか」と思い至りゾッとした。全10話にコメンタリーとサウンドトラックCD、メイキング本とアートワーク集までついて、とにかくでかい。置き場所に困るという難点はあるものの、配信アニメのパッケージなんだから、このくらいやってもらわないと。アニメシリーズのソフトでいつも思うのは、コメンタリーには声優ではなく監督、脚本のスタッフ陣だけでつくってほしいということ。声優さんのコメンタリーが好きな人もいるんだろうけど、ぶっちゃけ内容が薄いんですよね。キャストとスタッフの2種類収録とかにはできないものだろうか…。特に湯浅作品のようにディテールにこだわったアニメの場合は、ワンシーンワンシーンの解説を聞きたい気がする。

『100イヤーズ・オブ・オリンピック・フィルムズ』(クライテリオン)

Criterion Collection: 100 Years of Olympic Films [Blu-ray] [Import]

ここからは輸入盤。1912年のストックホルム五輪から、2012年のロンドン五輪まで100年間のオリンピック記録映画計53作品をどどんと網羅した32枚組のBlu-rayボックス。正直、オリンピックにそんなに興味ないのですが、2Kデジタルレストアの『東京オリンピック』(市川崑監督、1965)や、20世紀初頭の記録映画の物珍しさにコレクター欲をくすぐられ、買ってしまった。結果、会社の同僚に平昌五輪の話題をふられると、オリンピック記録映画の話をし始めるめんどくさいシネフィルおじさんが爆誕。これね。思った以上に面白いんですよ。「記録映画」然とした素朴な作品が、ベルリン五輪2部作をきっかけにドラマチックになり、運動会が国際的な情報発信の場と変容していくさまも興味深い。それでもアスリートたちの鍛え抜かれた肉体、研ぎ澄まされた運動の美しさ、生命力だけは変わらないんですよね。よく知らない人たちが一生懸命走ったり、跳んだりしている映像そのものに、原始的な快楽がある。スポーツと映画の親和性をあらためて知れる作品群でした。

羊たちの沈黙』(クライテリオン)

Criterion Collection: Silence of the Lambs [Blu-ray]

かなり初期段階でクライテリオンのラインアップに入っていた(カタログのナンバリングは♯13)90年代のクラシックを、Blu-rayで再リリース。作品のシンボルである蛾の模様を、ロールシャッハ・テスト風にデザインしたパッケージも秀逸。『羊たちの沈黙』は現行の国内Blu-rayがかなりお粗末な画質で不満だったが、さすがは安心のクライテリオンブランドとあってすみずみまで生き届いています。リピート率でいえば、間違いなく今年一番のソフト。

『ミシマ:ア・ライフ・イン・フォー・チャプターズ』(クライテリオン)

Criterion Collection: Mishima: Life in Four / [Blu-ray]

ポール・シュレイダー監督が、三島由紀夫の生涯と作品世界を映像化した1985年映画。

日本では公開すらされなかったまぼろしの作品で、ジョディ・フォスターもお気に入りらしい。私も今回初めて見た。緒方拳演じる三島が自決する最後の1日を追ったドキュメンタリー風のパートと、幼少期から「楯の会」結成までの回想パートに、「金閣寺」、「鏡子の家」などの文学作品を映像化したパートをつなぎあわせるややこしい構成。文学作品パートは石岡瑛子が美術を担当し、舞台のように抽象化されている。これがめちゃくちゃ面白い。劇中後は、ほぼ日本語だし、今後、国内で発売されることもないと思うので買いだとおもいます。

江戸川乱歩全集 恐怖奇形人間』(アロービデオ)

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クライテリオンが取りこぼしがちなグラインドハウス映画を高スペックでリリースしてくれる英アロービデオが、石井輝男のカルト傑作を満を持して発売。すでに昨年、国内版DVDが出ていますが、2K レストアの高画質に加え、共同脚本の掛札昌祐さんの撮りおろしインタビューや塚本晋也河崎実のインタビュー映像など特典も満載でした。ジャケットは、ほかの日本映画と同じく国内公開時ポスターとのリバーシブル仕様。それにしても、名画座のプログラムをチェックして見に行っては、劇場に必ず一人はいる「笑い屋」にイラついたり、町田のあやしげなお店で劣悪画質の海賊版DVDをつかまされ落胆したりしていたのがほんの十数年前なのに、すでに隔世の感がありますな。

『影なき淫獣』(アロービデオ)

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ブログで紹介したおもしろいジャッロ映画。くわしくは過去記事を。 

『シェラ・デ・コブレの幽霊』(KLスタジオ)

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出たこと自体がニュースな幻の恐怖映画。くわしくは過去記事。

 

『座頭市関所破り』(安田公義)、『座頭市二段斬り』(井上昭)

座頭市関所破り』

"The Adventures of Zatoichi"1964/JPf:id:DieSixx:20181223200343p:plain

シリーズ9作目。市が立ち寄った宿場では、代官と結託し、旅芸人たちかあ法外な金を巻き上げているやくざ一派が幅を利かす。市は、父の行方を探すお咲(高木美和)と知り合うがお咲の父親は宿場の陰謀に巻き込まれ、すでに殺されていた…。座頭市が旅先で知り合う庶民との交流を深めながら、悪党を成敗していくという基本スタイルがほぼ確立され、演出、演技、脚本のすべてが円熟の高みに達している感じ。市の腕を見るや「わしはやらん。一両で命は捨てれん」と言ってあっけなく逃げ去る用心棒、市にお咲を逃がすように頼まれたのに酒代欲しさに寝返ってしまう老人、市に斬られたふりをしてそっと地面に斃れる小悪党など人間の弱さ、ずるさを感じさせる描写が、何とも言えない滋味を与えている。市とお咲を助ける芸人の子供二人もかわいらしい。

 敵役の用心棒として登場する平幹二郎もなかなかいい味を出している。雪のふりしきる中の対決もムードがあるが、わりとあっけなく敗れ去る。

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座頭市二段斬り』(井上昭)

"Zatoichi's Revenge"1965/JP

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第10作。郡代とやくざが手を組んで、女をだまし、女郎屋に沈めてこき使っている。市のあんまの師匠の娘役として坪内ミキ子が3度目の登場。10作目ともなると、同じキャストの再利用も多く、記憶が混乱してきますね。くわえてタイトルと内容があまり関連性がないのも、記憶の難度を増している気がする。

 市の師匠は何者かに殺されてしまっていて、娘は借金を押し付けられて女郎屋に幽閉されている。師匠の犯人捜しを主軸に物語が進む。いかさま賭博で身銭を稼いでいるが根は善良な渡世人三木のり平、歌の上手い一人娘役になんと小林幸子が出演していた。全然気づかなかったなあ…。

 さらに師匠殺しの真犯人である今回の敵手には加藤武。非常に重厚な演技で見せるが、今回もあっけなく市に敗れる。シリーズを重ねることで市の強さがインフレを起こしているのと、役者として勝と釣り合うかという問題もあり、敵役のキャスティングは悩ましいところだ。

 テレビ時代劇を多く手掛ける井上昭が初登板。井上は溝口健二森一生の助監督も務め、本作を見る限りでも高い演出力がうかがえるが、あまり知名度は高くありませんね。撮影は森田富士郎。奥行きを生かした構図は森田の手腕によるところも大きいのだろうか。

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『シェラ・デ・コブレの幽霊』(ジョセフ・ステファノ)

"The Ghost of Sierra de Cobre"1964/US

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 長らく「幻の映画」だった『シェラ・デ・コブレの幽霊』が、今年ついにアメリカでソフト化された。私も迷うことなく入手したが、世界中のシネフィルや映画マニアが長年恋い焦がれていた映画が、ついに自宅に届いたときにはさすがにふるえた。見たい見たいと願いながら、夢かなわず死んでいった人たちもいただろう。簡単に見てしまっていいものなのか。しばらく逡巡したのち、厳かな気持ちで再生ボタンを押した。そして映画を見終えた私の心に残ったのは、満足感よりむしろ、幻が幻でなくなったことへの一抹の寂寥感であった。

 それにしても、これほど魅惑的なストーリーを抱えた映画もそうはあるまい。『サイコ』で知られる脚本家、ジョセフ・ステファノが自らメガホンをとり、テレビシリーズのパイロット版として製作されたが、そのままお蔵入りとなり、ステファノの監督作は生涯この1本のみとなった。作品が封印された理由として、あまりの恐ろしさに試写会で局幹部が嘔吐したためという逸話がまことしやかにささやかれた。

 日本では1967年に「日曜洋画劇場」で放送。たった一度きりの放送が、多くの人々の心に爪あとを残した。もっとも有名なのが脚本家、高橋洋であり、この当時の衝撃的な映像体験が、のちの『女優霊』や『リング』へと結実していく。さらにテレビ番組「探偵ナイトスクープ」で「史上最高に怖い映画」として取り上げられたことで、作品の存在は広く知れ渡るようになった。

 世界の恐怖映画史で重要な位置を占める1本だが、現存するフィルムは世界で2本しか確認されておらず、権利関係の錯綜もあいまって、ソフト化や再上映の機会はほとんどなかった。この希少性も作品を神格化し、人々の渇望を刺激した。2本のうち1本は、映画評論家の添野知生氏が所持していて、近年は国内で上映される機会もあるにはあった(前述の「探偵ナイトスクープ」でも、映画を見たいという依頼者に添野氏がフィルムを見せている)。それでもやはり幻は幻であった。

 さて実際に作品を見て、さびしさを覚えたと書いたけれど、作品そのものに幻滅したわけではない。半世紀以上前の映画であり、もちろん技術的な古さはある。だけれど確かにこの作品は「史上最高に怖い映画」だったのだ。

 以下はネタバレを含みます。また英語力に自信のない私が、日本語字幕なしで見たため、誤って理解している可能性もあります。

マーティン・ランドー演じるネルソン・オライオンは、盲目の資産家マンドールから「死んだ母から電話がかかってくるので調べてほしい」と依頼を受ける。オライオンは建築家だが「心霊探偵」としての顔も持っていて、おそらくテレビシリーズは彼を主人公に、毎回不可解な依頼を解決していくというストーリーで企画されていたのだろう。

 マンドールの邸宅には、妻のヴィヴィアと家政婦のポリーナが同居している。2人は、幽霊に女教師が呪い殺されたといういわくつきの村、シエラ・デ・コブレの出身であった。調査を進める過程でオライオンは、恐ろしい超常現象や油絵から抜けだしてくる幽霊を目撃。幽霊に呪われているのはマンドールではなく妻のヴィヴィアであると見破った。彼女とポリーナは実は親子で、かつてシェラ・デ・コブレ村で幽霊を売りにした見世物興業で身銭を稼いでいた。幼いヴィヴィアが客を墓場に連れていき、ポリーナが簡単な仕掛けで驚かすというものだったが、幻覚作用を及ぼすドラッグを服用させることで劇的な効果をあげていた。ところが、ある女教師はドラッグの効果がなく、料金の支払いを拒んだ。ポリーナがさらに多くのドラッグを服用させたたため、女教師は狂ってしまう。怖くなった二人は女教師を地下の墓地に閉じ込めて殺害した。ヴィヴィアの口からおぞましい真相が語られたとき、ふたたび幽霊が現れる。

 異様な雰囲気をたたえた家政婦役にはジュディス・アンダーソン。ヒッチコックの『レベッカ』(1940)をかなり意識したキャスティングとなっている。美しい人妻ヴィヴィアを演じるダイアン・ベイカーも、ヒッチコックの『マーニー』(1964)に出演。ほかにも何本かのサスペンスドラマで、ヒロインを演じているようだが、『羊たちの沈黙』(1991)での上院議員役が有名だろう。

 さすがステファノの脚本とあって、ミステリーとしても非常によくできている。超常現象を見せる演出も堂に入っていて、特に最初の恐怖シーンとして描かれる納骨堂でのポルターガイスト現象は不吉な音響効果と絶妙に気持ち悪いカット割りもあいまって見ごたえがある。しかし、やはり真骨頂は油絵から這い出した幽霊が観客に迫ってくる表現だろう。ソラリゼーションで反転させた女性像を合成するという単純な特撮だが、見るものに生理的な不快感と恐怖を及ぼすような強烈な魔力がある。「死に見入られる感覚」とでもいうのだろうか。「試写でテレビ局幹部が嘔吐した」という話もあながち嘘ではないのかもしれないと思わせるのだ。

 むかし、高橋洋氏はラジオ番組で興味深いことを語っていた。

 恐怖映画の「怖さ」もどんどん進化して、程度が上がっているわけです。たとえば、今の僕らにとって怪奇映画として定着している『吸血鬼ドラキュラ』(1958)。あの映画の公開時は、宣伝半分ですが、看護婦を劇場に待機させて、失神した人運ぶとかやってたわけです。『吸血鬼ドラキュラ』見て、そんなにセンシティブに怖いなんてことありえないだろうって思うけど、実際当時の記事を読むと「口中を血だらけにしたドラキュラの顔のアップが映った時、悲鳴を上げる人がいた」と。ここからは思考実験ですけど、その時代に劇場で悲鳴をあげていた人が、タイムスリップで1974年に来る。そこで『悪魔のいけにえ』を見てしまうと「たぶん死ぬぞ」ってなんとなく思うんです。

 現代の私たちが『シェラ・デ・コブレの幽霊』を真に怖がるのはむずかしい。私たちは『悪魔のいけにえ』や『リング』を知っている世代だから。でもあの時代もし、まかり間違って『シェラ・デ・コブレの幽霊』が封切られていれば、もっと広くテレビで放映されていれば、あるいは誰か一人くらいは殺せたかもしれない―。そんなことを夢想せずにはいられない。だから、いつか映画がついに人を殺してしまうその日まで、この映画は依然として「史上最高に怖い映画」なのだ。

 

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「平成のアルバム」30枚

平成が終わりますので、この30年間にリリースされた私にとって大切なアルバムを1年に1枚ずつ選んでみました。私は昭和末期(60年)の生まれなので、当然平成初期のアルバムは後追いで聞いたものですが、95年(平成7年)以降は基本的にリアルタイムで繰り返し聞いていたアルバムたちです。中学生くらいから、いっちょ前に「年間ベスト」を考えたりもして、このブログで紹介していた時期もありますが、私の音楽の好みもかなり変わったので、必ずしも当時の「ベストアルバム」と一致するとは限りません…が、おおむね当時の気持ちを思い起こして選びました。

平成元年(1989) Soul Ⅱ Soul「Club Classics Vol.1」

 Keep On Movin'

平成2年(1990) The La's「The La's」

The La's

平成3年(1991)  My Bloody ValentineLoveless

LOVELESS

平成4年(1992年)  Aphex Twin「Selected Ambient Works 85-92」

Selected Ambient Works 85-92 [輸入アナログ盤 / 2LP] (AMBLP3922)

 平成5年(1993) スチャダラパー「Wild Fancy Alliance」

WILD FANCY ALLIANCE

 平成6年(1994)  Tlc「Crazy Sexy Cool」

Crazy Sexy Cool

平成7年(1995) スピッツ「ハチミツ」

ハチミツ

平成8年(1996) Mr.Children「深海」

深海

平成9年(1997)  Speed「Starting Over」

Starting Over

平成10年(1998) Triceratops「The Great Skeleton's Music Guide Book」

THE GREAT SKELETON'S MUSIC GUIDE BOOK

平成11年(1999)  椎名林檎無罪モラトリアム

無罪モラトリアム

平成12年(2000) Nona Reeves「Destiny」

DESTINY

平成13年(2001) The Avalanches「Since I Left You」

Since I Left You

平成14年(2002) くるり「The World Is Mine」

THE WORLD IS MINE

平成15年(2003) The Strokes「Room On Fire」

Room on Fire

平成16年(2004) Asian Kung-Fu Generarion「ソルファ」

ソルファ

平成17年(2005) 100s「OZ」

OZ

平成18年(2006) The Pipettes「We Are The Pipettes

We Are the Pipettes by PIPETTES (2013-05-03)

平成19年(2007) The Go! Team「Proof Of Youth」

Grip Like A Vice (Burnt Clay Remix)

平成20年(2008) Black Kids「Patie Traumatic」

Partie Traumatic

平成21年(2009)  Karen O & The Kids「Where The Wild Things Are Motion Picture Sound Track」

かいじゅうたちのいるところ-オリジナル・サウンドトラック

平成22年(2010) 相対性理論シンクロニシティーン」

シンクロニシティーン

平成23年(2011)  Base Ball Bear新呼吸

新呼吸(初回生産限定盤)

平成24年(2014)  Tomato n'Pine「PS4U」

PS4U

平成25年(2013) Janelle Monae「The Electric Lady」

The Electric Lady

平成26年(2014)  おおたか静流にほんごであそぼ 童謡」

NHKにほんごであそぼ 童謡(どうよう)

平成27年(2015) 星野源「Yellow Dancer」

YELLOW DANCER (通常盤)

平成28年(2016) 宇多田ヒカル「Fantome」

Fantôme

平成29年(2017) Suchmos「The Kids」

THE KIDS

平成30年(2018)  Kendrick Lamar,The Weekend,Sza「Black Panther:The Album」

Black Panther: the Album

 

 

 

『ボヘミアン・ラプソディー』(ブライアン・シンガー)

"Bohemian Rhapsody"2018/GB-US

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難産の末にようやく完成した『ボヘミアン・ラプソディー』。はじめに制作のうわさを聞いたのがずいぶん昔のような気がするので、すっかり忘れていたよ。評判通りの傑作で、私が今更どうこう書くこともないのだけれど、忘れないように雑感を記しておきます。

 とにかく似てた。クライマックスのライヴエイドはもちろん、「トップ・オブ・ザ・ポップス」での「キラー・クイーン」演奏とか「自由への旅立ち」のミュージックビデオとか、結構誰でも知っているような映像がどんどん登場するのに、全くコスプレ感やパロディ感がないというか。これってたぶん、クイーンというバンドじたいが持っていた「劇団」的なポテンシャルによるところにも大きいと思うんですよね。一人ひとりが役者として、クイーンのメンバーを演じていたというか。

 4人の中で特にブライアン・メイが半端ない。本人ですよね、って思った。それゆえにときどき「仰天ニュース」か何かで名曲誕生秘話の再現Vを見せられているような気持ちになったのも事実だけど、すべてがあのクライマックスのための布石なのかと思うと納得できた。誰もが知っている映像なのに、そこに至るドラマやエモーションが丁寧に積み上げられているため、まったく違った感動を呼び起こすという驚き。感服しました。「ボヘミアン・ラプソディー」も、「ハマー・トゥ・フォール」も、「伝説のチャンピオン」も、物語をへたあとでは、切実なメッセージをもって胸に迫ってくる。

 レコード会社の幹部に「ほかのバンドとの違いは?」って聞かれたとき、フレディが「部屋の片隅で、膝を抱えている。音楽が僕たちの居場所で、バンドが家族だ」(大意)みたいなことを言うんですよね。私にとってのロックンロールはつねにそういうものだったし、これからも膝を抱えた者たちや居場所のないボヘミアンたちのために鳴り続けてほしいと思う。「気高きこの御国の御霊」とか「日出づる国の御名の下に」とか、そんな血統や国粋で連帯を促すような音楽は、私には必要ない。No Time for Losers coz We are the Champions!!!!

 フレディのエイズ感染が発覚するのが、実際はライブエイドの後だったという点が批判されているらしいけど、いやいいじゃないの!ライブエイド前に、バンドメンバーで抱き合ってフレディの病気を哀しみ、いたわり、励まし合うあの姿が、クイーンのメンバーが願った過去だったんだよ!それも含めてね、もう…。

 ちなみに私のお気に入りのクイーンのアルバムを3枚選ぶなら、メイがA面、マーキュリーがB面を担当しバンドの二面性が味わえるセカンド「Ⅱ」、その二面性がバランスよく配合され高度に結実した「ジャズ」、それからダンスミュージックに近接した「ホット・スペース」ですかね。意外と「オペラ座の夜」は聞かない。曲では「地獄へ道連れ」、「クール・キャット」、「輝ける日々」が好きですが、やはり「ボヘミアン・ラプソディー」は別格でしょう。映画は、この楽曲が革新性やメロディーだけでなく、ハートの面でも優れていて、だからこそ多くの人々に支持されたという事実をあらためて教えてくれました。これからも長く劇場でかかってほしい傑作でした。Don't Stop Me Now!!

 

『座頭市あばれ凧』(池広一夫)、『座頭市血笑旅』(三隅研次)

座頭市あばれ凧』(池広一夫

"Zatoichi's Flashing Sword"1964/JP

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 7作目。やくざの清六に鉄砲で撃たれ川に転落した市は、花火師の久兵衛左卜全らに助けられ、恩に報いるため津向の文吉(香川良介)の宿を訪ね、わらじを脱ぐ。文吉は富士川の川渡しを良心的に取り仕切っていたが、事業の横取りをもくろむ対岸の竹屋の安五郎(遠藤辰夫)の執拗ないやがらせに悩んでいた。

 筋書きがよりストレートな勧善懲悪ものに。遠藤辰夫がいかにもせこく、卑怯な小悪党なため迫力に欠けるが、吃音という設定のため、そこはかとないペーソスを感じさせもする。他の時代劇ではあまり見たことのない肩車による川渡しの描写が面白く、中盤の水中戦も見もの。クライマックスは、花火が咲き乱れる夜空の下での戦いという設定だが、花火と地上の乱闘を同時に映すことは技術的に難しかったのか、色とりどりの光に照らされる夜道での戦いを俯瞰ショットで撮影する手法がとられている。暗闇に紛れて、一人、また一人と敵を殺していく市の、まるで幽霊のような描写はイーストウッドの『ペイルライダー』(1985)のクライマックスを思わせる。

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座頭市血笑旅』(三隅研次

"Fight, Zatoichi, Fight"1964/JP

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市は自分の身代わりに殺されてしまった母親に代わり、赤ん坊を宮木村の父親のもとにまで届けることになった。

 小池一夫が「子連れ狼」シリーズの着想を得たされる異色作。監督は、のちに『子連れ狼』シリーズも手掛ける三隅が再登板している。赤ん坊に小便をひっかけられたり、案山子から服をはぎ取りおむつにしたり、襲い掛かってくる悪党を「しーっ」とたしなめたり、遊女に赤ん坊の世話を任せてゆっくり休もうとするも結局心配で起きていたり、自分の乳首を吸わせてくすぐったがったりと、キュートでコミカルな描写の一方、ひょんなことから知り合ったスリのお香(高千穂ひずる)と疑似家族的な関係はとにかく泣かせる。不器用で孤独な魂が身を寄せ合い、やがてかけがえのない絆で結ばれていく3人を上官たっぷりに演出している。

 お香のキャラクターも魅力的。部屋に入る前、市が赤ん坊に子守歌を歌っているのを聞いてしまい、わざと足音を立ててから入りなおす繊細な描写。市に別れを告げられ、目に涙をためながら引き下がる表情のクローズアップがうつくしさ。シリーズ屈指のヒロイン像ではないだろうか。

 ようやくたどり着いた赤ん坊の父親はクズでしたという展開もやるせない。クライマックスでは、火槍で襲ってくる悪党たちと衣装を燃やしながら闘うという驚愕のアクションを見せている。

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『座頭市兇状旅』(田中徳三)、『座頭市喧嘩旅』(安田公義)、『座頭市千両首』(池広一夫)

 『座頭市兇状旅』(田中徳三

"Zatoichi the Fugitive"1963/JPf:id:DieSixx:20181107114505p:plain

 これまでかろうじて続きものとしての体裁を保っていたドラマがシリーズ4作目にしてひとまず完結。以降は原則「1話完結」のレギュラードラマへとシフトする。けじめをつけるのが第1作のヒロイン、おたね(万里昌代)との別れだろう。本作で市(勝新太郎)と再会したおたねは、人斬りの浪人、棚倉蛾十郎(北城寿太郎)の女になっていた。第1作のころのような無垢な輝きはなく、おたねは「市さんには会いたくなかった」と泣く。

 蛾十郎は、制止するおたねを文字通り斬り捨て、市との決闘に臨む。演じる北城は『宇宙人東京に現わる』(1956)、『兵隊やくざ』シリーズ、『女賭博師』シリーズなど50~60年代の大映映画でよく見かける悪役俳優。『用心棒』(1961)の三船敏郎にかなり影響を受けたキャラクター造形で、今の目にはかなり陳腐に映る。ところが、終盤になって、この悪役としての底の浅さが生きてくる。市に斬られた蛾十郎は「お前はおたねのきれいな面しか知らない。お前をわなにはめようと言い出したのはおたねだ。いつまでも女は小娘ではおらん」と捨て台詞を残して絶命する。死ぬ間際に、市の心の中のおたねまできっちりと斬り殺す男の意地汚さ!!市の中で、おたねが本当の意味で「死んだ」のは、おそらくこの瞬間だろう。

 8月の公開ということもあってか、汗まみれで、ギラギラと輝く役者陣の顔がいい。

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座頭市喧嘩旅』(安田公義)

"Zatoichi on the Road"1963/JPf:id:DieSixx:20181107122348p:plain

ひょんな巡りあわせから豪商のお嬢様、お美津(藤村志保)を江戸まで送り届けることになった市。金づるになるのを狙って有象無象がお美津を付け狙い、市は市で、お美津に淡い恋心を抱く。市の処女嗜好がはっきりした。これまでのシリーズではあまりいなかったたくましい悪女タイプのヒロイン、お久も登場。演じるのはのちに若山富三郎と結婚する藤原礼子。藤村も藤原もそれぞれここぞというときのクローズアップが、美しく撮られている。

 蛇の目傘が干された土手を、お美津を乗せた籠屋、それに引かれる市、盲目の市をからかう子どもたちが通り過ぎる。横移動のドリーショットが気持ちいい。 タイトルが出るタイミングがかっこいい。オープニングクレジットの字の癖がすごい。

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座頭市千両首』(池広一夫

"Zatoichi and the Chest of Gold"1964/JPf:id:DieSixx:20181107124111p:plain

撮影に名匠、宮川一夫が初登板し、「一夫コンビ」での第6作。

夜道を歩く提灯行列、処刑人を運ぶ行列に乱入し、次々と鉄砲隊を切り倒す座頭市、市が馬で引き回される豪快な決闘シーンなどシネスコ画面を存分に生かした美しく、活劇性に満ちたショットが連続する。 

 物語は、やくざと手を組み百姓を苦しめる悪代官を市が討つ、というオーソドックスなものだが、実在の侠客、国定忠治島田正吾)や父親を市に斬られたお千代(坪内ミキ子)なども絡んでくるのでもたもたした印象もある。あと子どもの吹き替えがすごく不自然。 

 しかし本作の見どころは何といっても、悪役再登板となる若山富三郎(城健三朗名義)だろう。第2作のような市との確執はなく、鞭をふるい、笑いながら人を切り殺す極悪非道の悪党を嬉々として演じている。大映時代の若山は、キャリア的には弟のわき役に甘んじた不遇の時代ともいえるので、決闘シーンでのサディスティックな表情とふるまいには、鬼気迫るものがある。若山は頭から落馬するが、間髪入れずに立ち上がり、駆け寄ってきた市と素早く刃を交える。この息もつかせぬアクションのつるべ打ちに刮目せよ!

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