Devil's Own

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『アンヴィル!夢を諦めきれない男たち』


 結成30年近くになっても売れることのなかったへヴィメタルバンド・アンヴィルに密着したドキュメンタリー映画。監督のサーシャ・ガヴァシはどこかで見た名前だと思っていたが、『ターミナル』の脚本家であった。
 以前『レスラー』について書いたときに、自分がプロレスとメタルを軽視しているふしがあることはふれたとおもう。『レスラー』には、スコーピオンズやガンズ・アンド・ローゼスなど80sメタルの名曲たちが多数使用されているのだが、それらの楽曲はある種の郷愁と諦念を伴っていた。80sメタルは時代から取り残された主人公ランディを象徴するものであり、同じく大衆から捨て去られた幾多のカルチャーへの鎮魂歌でもあったのだ。今でもメタルを聴く人はたくさんいるが、やはり80年代という豊かでにぎやかな時代にこそ輝けた音楽だったのではないか。『アンヴィル!』はその意味で『レスラー』の変奏ともいえる。
 1984年に日本で開催された伝説的メタルフェスの映像が映し出され、出演した5組のアーティスト*1のうちアンヴィルだけがビッグになれなかったことが語られる。かといってアンヴィルの実力がほかより劣っていたかというとどうやらそうではないらしい。メタリカアンスラックスなど現役で活躍する怱々たる顔ぶれが、口々にアンヴィルへの賛辞を述べているのである。このフックに富んだ導入に続いて、ガヴァシのカメラは現在のアンヴィルへと目を向ける。ケータリングや建築作業の仕事をしながらも細々をバンド活動を続けているリップス(ヴォーカル)とロブ(ドラムス)のうだつの上がらない日常は、それこそアロノフスキーが『レスラー』で描いた「生活」そのものである。彼らの暮らしぶりを見ていると、どうしてアンヴィルが成功しなかったのかがなんとなくわかる。要するに、彼らは不器用でお人よし過ぎたのだ。「ロックスターになってやる」という中学生のような夢を30年間も追い続けているのもすごいが、それよりもリップスとロブの友情に打たれる。いささかロマンチック過ぎるきらいのあるリップスがここまで挫けずにバンドを続けてこられたのは、間違いなくこのドラマーのおかげだろう。ドラマーに悪いやつはいないよね。
 予算の都合上列車で移動し、小さなライヴハウスで少人数を前にプレイする貧乏ツアーのドキュメントは哀切と滑稽が入り混じって心底面白い。2万人収容の大きな会場で、170人くらいしか観客がいなかったり、遅刻のせいでライヴハウス側からギャランティーの支払いを拒否されたりと過酷な現実が続けざまに起きるのだが、シリアスになり過ぎることなくあくまでも楽観的なトーンに徹することで映画はロードムービー的な魅力を備えている。後半は、有名だったころに彼らのアルバムを手がけたプロデューサーに連絡をとり、親族に借金をしながらようやく漕ぎつけたアルバム制作の顛末が描かれる。起死回生を賭けアルバムを完成させる彼らだが、ここでまたメタルが「時代遅れ」になってしまった現実を突きつけられてしまうのであった。PC画面に無慈悲に映し出されたレコード会社からのメールは、なんだか身につまされる。
 自分こそが世界で一番かっこいいと無根拠に信じる万能感はロックンロールをロックンロールたらしめているアティチュードのひとつだとおもうが、こうした態度をずっと維持していくことは予想以上に骨が折れる。「俺サイコー」と言ったそばから、自分がとんでもなく惨めでダサいやつに思えてくるものだ。普通の人は、こうした自意識にある程度折り合いをつけて生きていくものだとおもうが、アンヴィルのふたりにはそれができない。そんな彼らを「良識ある人たち」は失笑するだろう。友人の結婚披露宴で何の迷いもなくメタルを演奏してしまう場面は、アウトサイダーとしてしか生きていけないアンヴィルと「良識ある人たち」の隔たりをうまく表現している。「良識ある人たち」はいつだって夢を軽んじる。それが、お金とか名声に直結しない限りは、いつまでだって高いところから嘲笑しているのだ。ズボンズのヴォーカリスト・ドン松尾は僕の親戚なのだけれど、僕の親戚一同は今だってドン松尾がそんなにすごい人だと思っていない。同じ長崎出身という以外は何の関わり合いもない福山雅治の方がずっと他人に自慢できるとおもっている。福山さんはミュージックステーションに出るけれど、ズボンズはそういった番組にあまり出ないからとか、単にそれだけの違いなのだ。彼らは松尾さんの作った音楽に耳を傾けようとすらしない。要するに、良識ある人なんてファックなのだ。
 映画の終盤、紆余曲折を経た彼らは、妙な因果でふたたび日本の地へと引き寄せられる。「ここまでやって来てまた観客が5人とかだったらどうしよう」という不安がメンバーを悩ませるのだが、その結末は是非とも自身の目で確かめていただきたい。この映画を見てすっかり彼らを気に入った僕は、帰りにタワーレコードに寄ったのだが、購入したのはなぜかリイシューされたニューオーダーの「ロウ・ライフ」とトスカニーニ指揮のベートーヴェン第7であった。なんだか自分がひどく冷たい人間に思えて悲しかった。アンヴィルのメンバーを少しは見習わなくてはならない。