Devil's Own

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完成版パノラマ島−丸尾末広「パノラマ島奇譚」

パノラマ島綺譚 (BEAM COMIX)

パノラマ島綺譚 (BEAM COMIX)

 旧作の改訂版を出したり、コミックバンドのCDジャケットを描くなどして小金をせしめていた我が愛すべき鬼才丸尾末広がようやく新作をリリース。その名も「パノラマ島奇譚」。周知の通り江戸川乱歩の傑作の漫画化である。純然たる新作としては、前作「笑う吸血鬼」からおよそ3年だ。
 丸尾と乱歩の関連性について言及すれば、かねてから短編などでは様々な形での乱歩からのパスティーシュが散見されてはいた。丸尾が乱歩作品を漫画化するのは必然の流れだったといえる。実相時昭雄が亡き今、乱歩特有の幻惑として耽美な世界観を忠実に視覚化することができるのは、丸尾末広をおいて他にはいない。正に、描くべき人が描くべきものを描いたとも言うべき作品だ。少なくとも僕に言わせれば村上春樹が「ティファニーで朝食を」を訳したことよりも、丸尾末広が「パノラマ島奇譚」を漫画化したことの方がよっぽど大事件だ。
 前にも書いたが、創作における丸尾末広の本質は江戸川乱歩夢野久作を初めとした黎明期の幻想文学バタイユやサド、ラディゲといった耽美的なフランス文学、その他シュールレアリズムや80年代ポップカルチャーから派生したあらゆる映画・劇画からの巧みな剽窃、いやもっとあからさまに言うならばパクリにある。手を変え品を変え、他人の褌で平気で相撲をとるような、そしてそのこと自体を楽しんでいるかのような横柄さとも言うべきか、とにかく丸尾の漫画には人を楽しませるためには手段を選ばぬ悪辣さと純粋さが溢れている。人によってはこれを引用だとかオマージュだとか言って、したり顔で特筆するのかもしれないが、僕自身はやはり丸尾末広のやり方は「パクリ」と呼ぶのが最もしっくりくる気がするし、むしろ賛辞であるように思う。小学生の頃、隣の席の子の消しゴムを勝手に奪って、見事な彫刻を刻んでしまうクラスメイトがいた。盗癖があり、先生や他のみんなからも疎まれていたが、その消しゴムの彫刻の精巧さだけは誰もが一目置いていた。丸尾末広はそういう存在だ。
 そんな丸尾末広が公認で堂々とパクリをさせてもらっているわけだから、ある意味丸尾の真骨頂とも言うべき仕事だ。随所に多種多様な小ネタが散見されるものの、基本的には乱歩的な世界観を具現化することに終始している。とはいえ、終盤のパノラマ島の描写は原作以上の臨場感と迫真性を持っている。乱歩の原作においても、地上の楽園・パノラマ島の描写はハイライトとも言える箇所ではあるが、全体的に散漫で奇想天外さに欠けると見る向きもある。主人公・人見広介が「未完成である」と口にすることからも、乱歩自身が自らの表現的未熟を自覚し、弁解していることがわかる。しかし、丸尾末広の手によって視覚化されたパノラマ島はその意味で完全に原作から逸脱したといっていい。パノラマ島における阿鼻叫喚、酒池肉林ともいうべきデカダンスの描写は圧巻であり、丸尾末広の面目躍如とも言うべき出来映えだ。パノラマ島はまさに丸尾末広の手腕によって完成された。「将来に対する漠然とした不安」を抱え命を絶った芥川龍之介に、この光景を見せたかったと人見広介が独白する場面は丸尾の手によって加えられたオリジナルのものであるが、後年本作を「意あって力足らずのありきたりな風景描写であった」と自ら評し、その忸怩たる思いを吐露していた乱歩にも、この漫画を見せたかったと感じずにはいれない大傑作だ。