Bjork「Volda」―母体へ回帰し、大地へ還元されたビートが再びダンスフロアで暴れだす
- アーティスト: ビョーク
- 出版社/メーカー: ユニバーサル インターナショナル
- 発売日: 2007/05/02
- メディア: CD
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そんな前置きはどうでもいいとして、ビョークの新作は最狂に攻撃的でラジカルでフリーキーでカッコいい。これはもの凄く意外だった。「ホモジェニック」*2以降の一連の作品群はどれも大好きだが、*3その方向性として一貫していたと思えるのが「母体回帰」「胎内回帰」と呼べなくもない、身体乃至は魂への内面化・深化だったように思う。だから「ホモジェニック」以降のビョークは「母性」又は「女性性」の表現者として幾分大仰に象徴化された形で評価されてきた気がするし、「ヴェスパタイン」*4におけるオーガニックなサウンドは「胎内」のイメージそのものだったし、「メダラ」*5に至っては全霊長類の身体性とその進化のプロセスそのものと思えるような緻密な表現を「人間の声」への徹底した執着によって具現化してみせた。いずれにしても「ホモジェニック」以降、彼女の作品は「ポップミュージック」というフィールドからは幾分離れた所に位置していて、その圧倒的な異質さが彼女自身のアイデンティティーですらあった気がする。そんな彼女の新作は驚くほどポップだ。先ほど攻撃的だと書いたが、それは表現者としてのアティチュードというよりもサウンドに関してのことで、複雑化・内向化していく傾向にあった彼女のここ最近の作品群から見れば、非常にリスナーがコミットしやすい明快な音であり、もしかしたら、これから先「ヴォルダ以降」といったように彼女のキャリアにおけるターニングポイントとして語られる作品となるかもしれない。
ただ、同じような印象は前作「メダラ」においてもなかった訳ではない。ビョークというアーティストは作品ごとに劇的なパラダイムシフトがあり、セルフイメージを刷新してきた稀有な存在だからだ。そういう意味ではこの「Volda」は安定期なのではないかという見方も出来るかもしれない。昨今における「母性」を具現化したような作品からは想像もつかないくらいアッパーなビートで彩られた今作と最も似通ったヴァイヴスを持っているのは、彼女がまだダンスフロアにいた頃の傑作「POST」*6だろう。精力的に自らの音楽性をイノヴェイトしてきたプライマル・スクリームが昨年唐突に、南部ロックンロールに回帰したアルバムをリリースして、見事にサヴァイヴしたわけだし、そういった言説も強ち間違いではないと思う。ちゃんと調べたわけではないがそういった評価が大多数だろう。
僕自身は、この作品を単純にポップミュージックへの回帰作と見るのもちょっと違うと思っている。確かにキャッチーだし、いつものように聴く人や場所を選ぶような性格でもない。「メダラ」を聴いたとき感じた奈落の深淵へと引き込まれるような危険な匂いは皆無と言っていい。勉強しながらでも、セックスしながらでも、魚釣りしながらでも聴けるだろう。それでも、僕はこの作品がビョークならではの音楽的野心がふんだんに詰め込まれた大傑作だという確信が持てる。売れっ子プロデューサー、ティンバラントとの初の仕事だとか、アントニー・ヘガディーとのデュエットだとか、中国琵琶を導入した大胆なアレンジだとかそういう表層的な話をしているのではない。注目すべき点は、もっと原初的で第三世界的なビョークのアティチュードで、その攻撃性はエレクトリック・マイルスのように刺激的、ビートに対する貪欲で原始的な感覚は「ブッシュ・オブ・ゴースト」*7のようにフリーキーだ。
先ほどの一作ごとのパラダイムシフトとも関わってくるが、敢えて彼女の音楽における変遷を分析するとするならば、やはり「ヴェスパタイン」はビョークのキャリアにおける一つの到達点だと思う。だが、「ヴォルダ」を聴くと「ヴェスパタイン」とは別の文脈で語られるべきだと考えてきた「メダラ」も、本来的には同じ世界観を共有する作品だったのだと理解できる。「ヴェスパタイン」と「メダラ」は対を成す作品であり生命の営みにおける「静」と「動」といった位置づけの作品だったのかもしれない。無償の慈悲の母性を以って聴く者を包み込む「ヴェスパタイン」の中にもある種の獰猛さや意地の悪い強迫観念は滑り込ませてあるし、野生的で血生臭い闘争を思わせる「メダラ」の中にも大海に似た安らぎが孕ませてあった。「ヴェスパタイン」におけるサウンドの安息と甘美さは正しく母親の胎内のそれで、「ヴェスパタイン」で一度到達したかに見えた「母体回帰」のテーマが更に推し進められていった結果、「メダラ」ではもっとも遺伝子的に深く原始的な生命の脈動として噴出した。いわば母体から自然へと還元されたのだ。とか言うのもちょっと大袈裟すぎるだろうか。いや、現に彼女の音楽は本当に宇宙を奏でかねないほど神懸かっていたし、一方で僕らの日常からは凡そかけ離れて行った。そんな彼女が、再びビートを手に戻ってきたのだ。そこにいるのは、優しさと厳しさを併せ持った母なるビョークではなく、自らの皮膚感覚だけを信じ、灼熱の踊り狂う真性ビッチ、ビョークだ。胎内から大地へ、母性から野性へと遡及した彼女は、再び純粋無垢で手に負えない少女としてダンスフロアで踊り狂う。なんといってもキャリア20年以上にもなる新作のジャケットでこのコスプレだ。ギター抱えて青臭いこと歌っている童貞バンドには到底適いっこない。そして歌詞カードでは顔面に原色塗料を塗りたくったエスニックなメイクにまたまた訳のわからん衣装と炎を纏っている。
あー恋する恋するよ。
それにしても、やっぱりビョークはビョークだ。そういうとんでもないお母さんで、少女なのだ。このエクスペリメンタルな新作は、そういう単純なトートロジーを証明する大傑作だから、僕は嬉しくてたまらない。
Bjork「Earth Intruders」
*1:そのうち一枚ははてなでお世話になっているid:bld001さんのバンド、昆虫キッズのファーストアルバムで、これがとっても素晴らしいからこの話もいつか書きたいと思う。
*2:
*3:ああでも前作「メダラ」なんかは聴いてると海に帰りたくなるので、怖くて2回くらいしか聴いていない。
*4:
*5:
*6:
*7: