Devil's Own

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昆虫キッズ「ユウとユウコのために」への蛇足的レヴュー―僕らが信じる思い込みという魔法について


 このアルバムをソニック・ユースとかブルーハーブとかパラダイスガラージとかポップ・グループとかそういった様々なコンテクストから語るのは簡単だが、あまり意味がない。昆虫キッズの音楽はそういった説明から一番遠い位置にいる。ナンセンス。どうでもいいのだ。
 僕が高橋翔さん(id:bld001)のことを知ったのはかれこれ一年前で、僕は彼の書くブログの読者だった。確か七尾旅人とかを検索して発見した気がする。当時の僕が彼の文章のどんなところに惹かれたのか実を言うとあんまり覚えていない。確かめようと思ったら、当時の日記は消滅してしまっていた。
 何にせよ、当時の彼は昆虫キッズではなくて、ソロ活動していた。そして自身が作った音源を無料で配布していて、それが僕が最初に触れた彼の音楽になる。bedroom soundsと名づけられた打ち込み主体の作品で、さっきこの文章を書くために聴き返して見たけど、僕は今でもこの音楽がとても気に入っている。しかし、僕にとって一番衝撃的だったのは、彼が自身のブログにアップしたこのアルバムの全曲解説で、なんと全てが写真だった。これには笑った。本当にステキで画期的な試みだったと思う。是非今回のアルバムでもやってほしいくらいだ。
 今思えばその頃から、高橋氏の、自らの音楽、というよりも自らのアウトプット全般に対するアティチュードはとても一貫していた。そこには常に「コトバ」という表現に対する不信感もっと言ってしまえば、「どうでもいい」というとてもドライで投げやりな感覚があったように思う。自らの音楽を写真で表現したり、それも平気で消去されてしまっていたし、彼の音楽及び感性は曖昧なコトバによって表現されることを拒絶していたように思う。故に高橋氏の文章はいつも「優美なる死体」遊びのようにナンセンスで、それを既存のロジックに当て嵌めて読みとくのはやはり意味がないのだと思う。だからこそ高橋さんのブログはいつも自由で面白い。ともすればアーティストやアーティスト気取りの書いているブログは読まれることに対して過剰に意識的で「ねー、僕ってヘンでしょ?オカシイでしょ?」みたいな押し付けがましさが感じられて嫌気がさしてしまう類のものが多いのだが、彼の文章からそういった自意識は全く感じられない。勿論エゴイズムはあるが、しかし常にそういったエゴの表出としての文章に対する不信感が、そういった押し付けがましさを消し去っている。あなたも触れてみるといい。本当に下らなくて面白い。最近だと4月22日の日記とか本当に最高だ。*1
 無自覚なのか確信犯なのか知らないが、そういった彼の「コトバ」や「世界」に対する不信感とその反動としてのナンセンスな詩世界は今回のアルバムでも色濃く反映されている。今回はもっとえげつない。ソロ音源のフィーリングが中学生の童貞男子の鬱屈とした悩みと反骨心だとすれば、今回はもっと無自覚で野蛮な小学生の感覚に近い。子どもというよりガキ。昆虫Childrenじゃなくて昆虫Kidsなのだよ。*2従って言うまでもなくそんな野蛮で無意味な行動にもっともらしい解説を付けるのは意味がない。楽曲解説は昆虫キッズのHPで高橋氏自ら行っているが、例によって投げやりでやる気がない。そんなものは無駄なのだ。そう断った上での、僕なりのアルバムレビューだ。
1.中野ノイズプラザ
凶悪なギターノイズに、どかどかとしたドラムが唐突に聴くものの感性を蹂躙する挑発的なオープニング。曲自体は「始まりのための始まり」みたいなものなのでさして重要でもないが、次曲への繋がりがあまりに完璧すぎて驚く。
2.練乳をダイレクトに喰うガールフレンド
マイスペでも公開されていた、ピクシーズ直系のギターリフに割り込んでくるハイトーンコーラスが完璧な美しさを放つアルバム最初のハイライト。エルレガーデンを試聴する女の子へのコンプレックスを暴発させた高橋氏らしい捻くれたリリックも素晴らしい。
3.ガラスのディスコ
ディスコという割りに全然ディスコっぽくないと高橋さん自身も述懐する極めてテキトーなタイトルを与えられた3曲目。途中の変則的なドラムと倦怠感がいい。
4.求愛
夏の生ぬるい台風のような気だるく暴力的な印象のインスト曲。ドラムスの佐久間氏が曰くところの「人力ダブ」で、その獰猛なリズム感覚は和太鼓のそれを思わせる。
5.佐久間ドロップス
メンバーの高橋さんと佐久間さんが担当楽器を入れ替わった謂わば遊び心から生まれた曲なので当然内容もおふざけモード。つんのめるように走るドラムスと直角のギターが完全に暴走。眩しい。
6.レンタル・ライフ
ギャング・オブ・フォーを彷彿させる鋭角ギターで幕開ける高速カオティックパンク。とまぁそれっぽいコピーを付ければ聞えがいいが、本当にどうしようもないくらいふざけた曲で、こんな感性にぶち当たるからこそ僕は大声で彼らの音楽の素晴らしさを叫ばずにはおれない。中途で咳き込む絶叫ヴォーカルといい、ラストにはスティーヴィー・ワンダー「I Just Called To Say I Love You」を投げやりに歌うという悪ノリぶり。頭おかしいよ。おまけに本人も「思い入れはない」と一刀両断する始末。昆虫キッズの即興性の起爆力が端的に発揮されたある意味象徴的な曲だとも思う。どうでもいいが僕は「求愛」からこの曲までを完全に一曲として認識していることに気づいた。前2曲のからのふざけ過ぎたテンションがここへ来て偶発的にピークを迎える。が、あくまで気がするだけだ。本人達はやっぱりふざけているに違いない。
7.うさぎ数えて
この曲を境にアルバムはサウンド的にもリリック的にもより内向的な性格を強めていく。後半の強烈に歪ませたボーカルエフェクトにカオティックなギターとドラムが絡みつくサイケデリックな展開が溜まらない。
8.灰の歌
ナンバーガールの「中学一年生」を思わせる切ないギターアルペジオに「灰になる運命」という虚無的なリリックが胸に刺さるディープサイケ。曲自体は二分弱と短いが、轟音と静寂が寄り添うようなこの曲の素晴らしさアルバム屈指といっても過言じゃない。僕はアルバムの中で一番好きですよ。
9.まよなか
弾き語りの小品。この曲が生まれる瞬間に立ち会ってみたい。
10.死んだらイビサに埋めて欲しい
フランツ・カフカジョイ・ディヴィジョンが灼熱の砂浜で延々とセッションし、踊り狂う情景が目に浮かぶ、不条理とシニシズムを撒き散らす四つ打ちディスコ・チューン。狂え。
11.LOVE-BGM
高橋氏の真骨頂とも言える少年性が静かに垂れ流されるアンニュイで静謐なインスト曲。短く儚い、だからこそ途轍もなく大切で愛おしいもののように感じる。
12.スイートガール・スイートホーム
 アルバム最後を飾る女性ヴォーカルとキーボードの音色がキュートな愛すべきパーティーソング。これは本当に名曲だと思う。先ほど「灰の歌」が一番と書いたがやはりこの曲は別格だ。アルバム中唯一、一般的なポップミュージックらしい体裁とメロディーを持った曲で、多分恐らく最も万人受けする曲なのだ。こんなメランコリックな曲には「夕焼け、なんか哀しい」とか「夏はいつも短い」とかいう牧歌的な詩が実によく似合うし実際そう歌っている。しかし、その直後高橋氏は「うるせー、黙ってろ」と吐き捨てる。こんなことをさらり言っちゃうから、昆虫キッズの音楽が「エルレガーデン試聴する女の子」に受けいれらられる日はいつまで経ってもやってこない。実に嘆かわしく、一方で実に頼もしい。この歌の中には、僕らの誰もが経験したことのある夏休み最後の夕暮れのロマンチズムが凝縮されている。朝っぱらから訳もなく笑い、はしゃぎ、駆けずり回り、いつのまにか友達も帰ってしまって、あたりも暗くなっていて、なんだか唐突に見知らぬ土地に置いてけぼりにされたような疎外感と孤独感、そしてやはり自分には帰る家があるんだなという安心感がない交ぜになったノスタルジックな感情を呼び起こす。最高の音楽と仲間に囲まれた最高のパーティーの後の幸福で少しだけ寂しい気持ちと泣き笑いのような表情にも似た一曲だ。
彼らにとって自らを取り巻く世界の全てが無意味で退屈だ。その世界に対する苛立ちは、様々な形で吐き出されるが、アウトプットされた瞬間に多くの言葉や音楽も同じように世界に埋没してしまい途端に彼にとって無関心なものへと変貌してしまう。矛盾した物言いになってしまうが、彼らの音楽において最もスリリングな瞬間は、それが誕生し完成していくプロセスであって、実は完パケ作品ではないのではないかという気がする。このアルバムは昆虫キッズと名乗る大きなガキどもが、夏休みの大半を使って完成させた秘密基地のようなものだ。僕らはその秘密基地を見てから、その粗雑な作りに呆れ果てたり、一方でその独創性と芸術性に驚かされたりするが、肝心のキッズ達は、もう別の遊びに夢中になっている。インプロヴィゼーションによる偶然の魔法に対する無邪気な信頼(もはや信仰といったほうがいい)がこのアルバムの性格を決定付けているのかもしれない。僕はこの音楽の中に、荒削りで未完成な箇所と同じくらい多くの魅力的なマジックを見つけることができる。それは錯覚かもしれないし、思い違いかもしれないが、僕らが大切にしている希望や理想像の殆どがこのような錯覚に過ぎないのだったりする。それは他者から見れば実に愚かしいし滑稽だが、しかしながら僕らはそのような錯覚があるからこそ下らない世の中を生き延びることができる。僕らのその錯覚は、ビー玉を宝石に変えたり、小枝を魔法の剣に変えることができたのだ。
全く意味がないとか言っておきながらも、ついつい僕は多くのことを語りすぎてしまったようだ。この辺で筆を置こう。いずれにしても、この愛すべき音楽に出会えたことを幸福だと思う。みなさんも是非聞いてみてください。500円の安さだが、世に溢れているゴミ音楽の何倍もの値打ちがある。別にこの音楽は、あなたの日常を劇的に変えることも、あなたを苦悩から救い出すこともない。しかしこのアルバムのラスト「スイートガール・スイートホーム」を聴き終えたとき、不思議と穏やかな気持ちになっているに違いない。それは多分ステキな錯覚なのだけれど、そう夢想するのは楽しくてしかたがないじゃないか。うるせー、わかってる。

昆虫キッズ公式ホームページ(通販もここでやっていますよ)→http://www.geocities.jp/the_insect_kids/

*1:id:bld001:20070422

*2:昆虫チルドレンだったら、それはそれでミスチルをパロったみたいで面白かったとは思うが。