Devil's Own

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映画ゼロ年代ベスト10

http://d.hatena.ne.jp/washburn1975/20091108
 毎年恒例のid:washburn1975氏の企画。昨年の邦画オールタイムベストからもう1年も経つのかとおもうとなんだかせつない。オールタイムベストと言われるとなぜかどうしてもゼロ年代の作品が外れてしまうのだよね。「オールタイム」という言葉が持つなにやら荘厳な響きのせいか、または同時代文化へのひねくれたバイアスのせいか・・・。なんにせよ同時代の映画や音楽を客観的に論じることは難しいとおもう。だからこそ今回は逆に選びやすかった。映画の完成度そのものより、映画を見たときの記憶の強度を優先することができる。こうした視座から今年は順位もつけてみることにする。というわけでダイシックスが選ぶゼロ年代ベストムービーは以下のとおり。

4.『カーズ』(ジョン・ラセター)2006

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5.『ブラックブック』(ポール・ヴァーホーヴェン)2007

ブラックブック [DVD]

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7.『少林サッカー』(チャウ・シンチー)2002

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8.『片腕マシンガール』(井口昇)2008

片腕マシンガール【初回限定生産 】 [DVD2枚組 ]

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9.『ブレイキング・ニュース』(ジョニー・トー)2004

ブレイキング・ニュース [DVD]

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10.『リターナー』(山崎貴)2002

 『スクール・オブ・ロック』『グッバイ、レーニン!』『ビッグ・フィッシュ』『珈琲時光』『エレファント』『コラテラル』『大日本人』『ウルトラマンメビウスウルトラ兄弟』『人のセックスを笑うな』などなくなく落とさざるをえない映画もたくさんあった。これらの映画は内容の良し悪し以上に「思い出」と深く結びついている。これら10本の映画を、どの劇場で何時くらいに見たのか。誰かと見に行ったのか、あるいはひとりで見に行ったのか。映画を見た後、何を食べたのか。晴れだったのか、あるいは雨だったのか。といった些細なことまでまざまざと思い出すことができる。ただ、映画にとってほんとうに大切なこととは実はそういうことなんじゃないだろうか。普段はもっともらしく、監督が、カット割が、カメラワークが、云々ともっともらしいことを言っているのが、DVDで見返す幾多のクラシック名画であれど、劇場公開時に見た一本の凡作に太刀打ちすることはできない。
 最大公約数の感性で考えるならば、『ゾディアック』『ミリオンダラー・ベイビー』『ダークナイト『叫』『接吻』『今宵、フィッツジェラルド劇場で』、『ミュンヘン』、『夜よ、こんにちは』、『クレヨンしんちゃん 嵐を呼ぶモーレツ!オトナ帝国の逆襲』あたり「ゼロ年代を語る上でこれは外せない」という作品もたくさんある。しかしそういうことではないのだ。今回選出した10本は決して最強の布陣ではないかもしれない。むしろ未完成でいびつな作品もある。それでもこれらの映画と結びついた思い出はかけがえがない。『スパイダーマン2』と僕の浪人時代の思い出は密接に結びついている。『デス・プルーフ』のラストでエンドマークが現れた瞬間の客席のどよめきも忘れがたい。『リターナー』は、偏屈で気難しい父親(医者)と一緒に観たのだが、なぜかその彼が「おもしれー!」「かっけー!!」と子どものように興奮していた。これも僕にとってどうしようもなく大切な記憶だ。
 とはいいつつ、『スパイダーマン2』は多くの人がゼロ年代ベストとして推す大傑作だろう。CG技術発達というタームからゼロ年代の映画を論じたときにもっとも参照されるジャンルが実はアメコミヒーロー映画ではないか。ブライアン・シンガーが2000年に撮った『Xメン』を皮切りに、『ヘルボーイ』『スーパーマン・リターンズ』(これも傑作)『300』『ダークナイト』『アイアンマン』『ウォッチメン』という具合にアメコミヒーロー映画は既にひとつの系譜を築きつつある。そしてその頂きに位置しているのが『スパイダーマン2』である、と今回は言い切ってしまおう。『スペル』を評して「俺たちのライミが帰ってきた」というような論調をよく見かけるのだが、僕にしてみれば『スパイダーマン』のライミこそが「俺たちのライミ」である。『スパイダーマン』3部作はどれも一級の娯楽映画だが、「悩めるヒーロー」という手垢のついたストーリーをひとりの若者の自己実現の物語へと昇華させた2作目は突出している。もちろん、重力の法則から完全に開放され、ビルの壁や電車の屋根などを縦横無尽に駆け回るスパイダーマンとドクターオクトパスの息詰まるアクションからも目が離せない。憂鬱で不機嫌なすべての男の子を夢中にさせる無敵の一本だ。
 『デス・プルーフ』は、勿論タランティーノの最高傑作だが、決して完璧な映画ではない。下品でナンセンスな女子のムダ話をひたすら捉えたシーケンスは賛否が分かれるところだろう。これは意外にも終盤の伏線となっているのだが、映画としてあまり巧いやり方だとは思えない。フィルム傷やコマ落としなどの「グラインドハウス」っぽい演出も少しだけフェティッシュに傾きすぎなきらいがある。ロドリゲスの作品やフェイク予告をコンパイルした『グラインドハウス』を完成形とする人もいるが、これもまたフェティシズムの域だとおもう。ラップダンスのシーンも削られているし、僕は断然『デス・プルーフ』単品を推す。いろいろと不満ばかり並べてしまったが、『デス・プルーフ』を観ることは、映画を観る行為そのものの原初的快楽に溢れている。この作品ばかりは、DVDで見返しても何の意味もない。ティラノサウルス・レックス、コースターズ、デイヴ・ディー・グループなどオールディーズな名曲たちの真っ黒なグルーヴが渦巻く前半部からダッジチャレンジャーのエンジン音が空気を切り裂く後半部と、まさに劇場の音響システムで体験するためにあるような映画。エンドロールに至るまでただただ幸福な113分。この映画を見た後すぐに同じ映画館で『サッド・ヴァケイション』を観たが、そりゃ面白く感じるわけがないよね。それでブログに悪口書いたら監督本人に叩かれたなんていう今となってはネタでしかない思い出もある。
 『ニューヨークの恋人』は、21世紀に蘇生したあまりにまっとうでクラシックなラブコメ。正直メグ・ライアンの美貌は全盛期に比べると陰りが見え始めているが、何はなんともヒュー・ジャックマンの洗練された魅力である。ウルヴァリンを初めとしてワイルドで男臭い役柄の多いジャックマンであるが、この映画で彼が扮するレオポルド公爵は、19世紀からタイムスリップしてきたという設定もあいまってスターシステム全盛期のアメリカ映画からふいに飛び出してきたかのようだ。グレゴリー・ペックとかモンゴメリー・クリフトとまでは言わないが清潔感とユーモアとほのかなセックスアピールが矛盾なく同居している。メグ・ライアンと初めて遭遇したときに、彼女の前に立ちふさがっておどけてみせるジャックマンの軽やかさと言ったらない。キャリアウーマンとしての自分を捨て、レオポルドの元へ走ったケイト。マンゴールドの確かな演出は、パターナリスティックな恋愛制度を肯定しているなどという似非フェミニストたちの表層的な批判を寄せ付けない。
 ピクサースタジオ制作のアニメーションでいえば、『ファインディング・ニモ』『ウォーリー』などとも代替は可能だが、メアリー・ブレアへの品のいいオマージュも含めて今回は『カーズ』を。ピクサー映画の練りに練られたシナリオや瞠目すべきアニメーション表現にはいまさら言及するまでもないが、子どもたちを夢中にさせる面白いプロットを毎回よく見つけ出すものだと感心する。誰もいない子ども部屋で動き出すオモチャたち。子どもたちを怖がらせるために日々精進する怪獣たちの会社。人間の手によって離れ離れになってしまった魚の親子。人類に見捨てられ地球でひとり働くごみ処理ロボット。このモチーフだけで既に面白そうだし、実際の映画はその予想以上に面白いというのも凄い。『カーズ』に関して言えば*1、ここで描かれる境は僕らが住む世界とは完全に断絶しており、その意味で他のピクサー作品と比べてもファンタジーとしての純度が高い。そのため、よりちびっこ魂をくすぐる映画でもあり、そこがいい。しかしながら、舞台設定を完全に現実から切り離したこと物語はより寓話性を帯び、クルマたちが暮らす世界はさながら僕たち人間社会の引き写しのようでもあるのだ。少なくともこの映画の中のカーズは、どう見ても「生きている」。
 ヴァーホーヴェン大好き。この世で一番面白い映画は『ロボコップ』なので、ヴァーホーヴェンの映画をリアルタイムで観られたということ自体が僕にとっては感動的な体験だった。といってもこの映画も、おそらくゼロ年代を代表するであろう傑作だろう。多くの人が10本の中で挙げるのではないか。戦後の日本を生きている僕らにとってナチというものはショッカーと同じくらいフィクショナルな組織ではある。id:megutalkさんがシンガーの『ワルキューレ』についての感想で、かつてナチが現実的な脅威であり憎むべき敵であり、そこへ対峙する映像作家としての厳しさがラングやルビッチに『マンハント』や『生きるべきか死ぬべきか』といった傑作を作らせたのであり、こうした厳しさはシンガーの力量以前に映画そのものから欠落してしまったのだ、というようなことを書かれていて、なるほどその通りだなと納得させられたのだが、しかし『ブラックブック』はこうした断絶を軽々凌駕している。この映画の中のナチは、とてもリアルだしおそろしい。多くの人がヴァーホーヴェンが撮ったワルキューレ作戦を見てみたいと思うはずだ。『イングロリアス・バスターズ』は明日見に行く予定だがどうだろうか。それにしてもヒロインがうんこまみれになる場面で、サスペンスフルなストーリーすらも印象が薄まってしまったというのもすごい。
 『ヱヴァ:破』については、まぁまだまだ考えが整理できていないところもあるが、この作品も映画館で見るのとDVDで見返すのではまったく意味が違っているだろう。少なくとも、三体のエヴァが共闘する第八使途迎撃戦は劇場で見てこそのもの。この場面が観たいために5回も劇場に足を運んでしまった。仕事で会った年下のお客さんにエヴァが大好きだという人がいて、当然『破』の話になったのだけれど、なんと見ていないという。なぜかと問えば特典映像を満載したDVDが出るまで待つのだそうだ。なんてばかな人なんだ。ニコ動世代の人たちってこういうとこ理解に苦しむ。
 『少林サッカー』については説明不要でしょう。最近シネフィル・イマジカで放映されていて見返したのだけれど、改めて見ると前半部がすこし停滞しているような気がしなくもないのだが、でもほんとうに何回見ても面白い。この映画は妹と見たとおもう。母親もいたかなぁ。妹と映画の好みが合うことは殆どないのだが、この映画はふたりそろって快哉を叫んだ。あと『ウォーターボーイズ』くらいだろうか。
 『片腕マシンガール』についても、もうこのブログでも何度も書いているので。いつかものすごい分量のがっちりした批評を書いてやりたいとひそかに思っている作品のひとつ。これは高校のころから親友と池袋で見た。レイトショーで見終わって外へ出るとものすごい雨が降っていて、ほとんど傘の意味もなくずぶぬれになりながら口々に感動を述べ合ったのである。
 『エグザイル/絆』と迷ったけれど、あえての『ブレイキング・ニュース』。なぜならヒロインがいるから。当然のようだが『踊る大捜査線』の8000億倍面白いスペクタクル警察映画。ラストでジョニー・トーらしい男同士の仁義の美学が現れるのも渋い。原題が『大事件』ってのもこれまた渋い。エリート指揮官、現場捜査官、ギャング、殺し屋、どいつもこいつもステレオタイプなキャラクターにも関わらずどいつもこいつもかっこいい。
 最後に『リターナー』。『マトリックス』『ターミネーター』『M:i:2』『レオン』『ダイハード』『E.T』・・・オマージュと呼ぶにはあまりに稚拙で乱暴なくらい詰め込まれた金曜9時の胸の高鳴り!邦画、洋画という括り方はあまり好きではないが、この映画には「洋画」のときめきとあこがれが詰まってる。「邦画にしてはがんばってる」とかシニカルな感想を言うんじゃない。これは日本人にしか作れないし、日本人にしか楽しめないよ。「日本映画に革命を起こす!!」(まったくもってそんなにたいそうな映画ではない)という山崎監督の空回り具合も含めて、なんだかとても熱くなれる最強の中学生映画。『キル・ビル』はほめて『リターナー』を貶す輩は権力におもねる鼻持ちならんシネフィル。

*1:バグズ・ライフ』もそうだが。