Devil's Own

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『キャット・ピープル』(ジャック・ターナー)

"Cat People"1942/US

 お久しぶりです。私は元気です。『新鉄人兵団』か『塔の上のラプンツェル』について書こうとおもっていたのですが、どうもタイミングを逸してしまいました。どちらも素晴らしかったですよ。
 ヴァル・リュートンがRKOスタジオで立て続けにプロデュースした傑作ホラー6本のDVDが廉価で再発されていた。なぜか『キャット・ピープル』だけはラインアップされていないのだが、この作品はレンタルなどで比較的容易に見ることができるので問題ない。私もまとめて見返そうとおもい、久々に『キャット・ピープル』見ました。70分というタイトな時間の中に、今見ても十分にクールなジャック・ターナーの恐怖演出がふんだんに詰め込まれた本作がほとんど完璧に近い映画であることはいうまでもない。『キャット・ピープル』について語るときに、フィルム・ノワールの代表的なメソッドを知る格好の例であるとか、スリラー(もしくは非モンスター系ホラー)のジャンルを先駆する作品であるとか、まあいろいろと切り口はあるとおもう。私は今回見返してみて、あまりに不憫なシモーヌ・シモンの顛末に胸を締め付けられてしまった。ジャック・ターナーの作品をすべて見たわけでもないが、『過去を逃れて』のジェーン・グリアにしても『草原の追跡』のジーン・ティアニーにしても彼の映画に登場する女性はどうしてこうも薄幸で美しいのか。リュートンと組んで撮られた3本にしても、猫族にゾンビ女に豹男(まさかの五七五!)とタイトルだけはやたらと剣呑だが、こうした表層的なモチーフを取り去ればごくまっとうなメロドラマを基調としているようにおもう。ここに『キャット・ピープル』の普遍性があるんだよな。ポール・シュレイダーのリメイクもあれはあれでエロいから好きだけども。『キャット・ピープル』が真に一線を画しているのはシモーヌ・シモンの哀しみを描く繊細な手つきにあるのではないか。というわけで今回も画像と一緒に検証していきましょう。ネタバレピープルです。

イレーヌ(シモーヌ・シモン)はセルビア系アメリカ人だが、自分が魔女の末裔であり猫族の人間だと信じきっている。動物園で取り付かれたように黒豹をスケッチしているところをケント・スミス演じるオリバーにナンパされ恋に落ちる。


突然現れた「アメリカで初めての友達」に胸をときめかせるイレーヌをシモーヌ・シモンが可憐に演じている。この冒頭だけでは今後の展開は予想しづらいようにもおもえるが、陰影を用いた見事なライティング設計が不吉でエロティックな印象も残す。撮影のニコラス・ムスラカには言及しておかなくてはいけない。シオドマクの『らせん階段』やラングの『ブルー・ガーディニア』などこの時期でも大好きなカメラマン。IVCの劣悪画質でしか見られないのが嘆かわしい。

オリバーの同僚アリス(ジェーン・ランドルフ)。さばさばとした性格だが密かにオリバーに想いを寄せている。猫に懐かれている。オリバーはイレーヌのためにこの猫をプレゼントするがまったくなついてもらえない。代わりを買いにいったペットショップでも鳥たちが大騒ぎ。

結局買ってきたカナリアもじゃれているうちに殺してしまう。このじゃれているときの表情は完全に猫。

細かな心配事はあるもののオリバーはイレーヌに結婚を申し込む。イレーヌはキスした相手を自分が食い殺してしまうという一家の伝説を恐れて、関係を深めることができない。時代が時代なので直接の表現は避けられているが、要するに結婚後もしばらくはセックスレス、ということだとおもう。そんなイレーヌにも「待つよ」とやさしく答えるオリバー。しんしんと降りしきる雪もすばらしい。

とはいえオリバーも男ですからね。シモーヌ・シモンと暮らしながらキスもできないのはさすがにつらいですよ。精神科医(トム・コンウェイ)に診察をしてもらうが、この医師がアリスの紹介だったことを知ったイレーヌは怒ってしまう。このあたりからイレーヌとオリバーの関係にひびが入る。これにつけこんだアリスは、相談に乗ると見せかけて狡猾にもオリバーに想いを打ち明ける。オリバーもオリバーで「最近妻を愛しているのかよくわからない・・・」という浮気男特有のクリシェを口走る。おまえら…。

博物館で露骨にイレーヌを蔑ろにし始めるオリバーとアリス。イレーヌの嫉妬深い凶暴性が少しずつ牙をむき始める。この後、アリスがプールのなかで窮地に陥るシーンはあまりにも有名だろう。映さないことが何よりも饒舌に語る、徹底した引き算の恐怖演出。とにかく素晴らしい。

超自然的な表現を控える方法とも関係しているのかもしれないが、イレーヌもいわゆる「怪物」としては描かれない。プールの場面は確かに恐ろしいが、基本的にイレーヌは弱者だとおもう。その心はオリバーへの愛情と猫族としての魔性との間で常に引き裂かれている。嫉妬からアリスに脅しめいた行為をしてみたものの罪悪感と疎外感に苛まれむせび泣く。イレーヌの心のゆらぎが痛々しく、観客は期せずして猫女に感情移入してしまうのだった。

追い打ちをかけるようにオリバーはイレーヌに別れを告げる。こいつは好青年づらして内実は最低ですよ。「大丈夫、ひとりは慣れてるから」と気丈に振る舞うイレーヌが涙ぐましい。

オリバーとアリスは精神科医を交えて今後のイレーヌの処遇について談合。イレーヌを入院させれば離婚ができないのでオリバーとアリスも結婚できない。なんとか協議離婚しよう、というようなことを話し合っている。こいつらは本当にクズですね。いったいどちらが怪物なのか。こうしたイレーヌ側に寄り添う演出は意図的なものだとおもう。『キャット・ピープル』でほんとうに恐ろしいのは、この三人の事務的で淡々とした偽善性である。イレーヌの一族に伝わる物語はどこか中世の魔女狩りを連想させるが、この場面からは魔女狩りと同質の狂気が透けて見えるようだ。

 人間の愛を得ることも、猫族として生きることもできないイレーヌはオリバーにそっと別れを告げる。この映画で最もうつくしく、痛ましいカット。冒頭オリバーが別れを告げるシーンとまったく同じ構図がとられている、あまりに哀しい反復だ。手を振り掛けるというシモーヌ・シモンの身振りがとても美しい。ここにメロドラマとしての『キャット・ピープル』の真骨頂がある。ここまで語っておいてなんだとおもうが、その後のイレーヌの行く末までは触れない。あまりに簡潔な結末の描かれ方に拍子抜けしてしまう人もいるだろう(この時代の映画はだいたいそういうものだが)。私も初めて見たときは、ここまでイレーヌの哀しみに感情移入できなかった。繰り返し見るうちに、ドラマの奥深さにどんどん引き込まれていく。『キャット・ピープル』はそういう魔力を持った映画だ。是非、高画質のソフトを出してほしいですね。

キャット・ピープル [DVD]

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